七里田温泉深掘りレビュー|炭酸泉の下ん湯と木乃葉の湯、その違いを探る(大分県竹田市)

湯め活びより七里田温泉考察編のアイキャッチ画像

七里田温泉で何より驚いたのは、下ん湯で全身を覆うほどの細かな泡でした。
すぐ近くの木乃葉の湯へ移れば、今度は温度も色も異なる湯が待っています。
同じ山里で、なぜこれほど個性的な二つの湯が湧いているのでしょうか。
泡、泉温、湯の色、そして周囲の大地や歴史まで、気になったことを一つずつ調べてみました。

七里田温泉で興味深かったこと
  • 炭酸量と圧倒的な泡付きの不思議
    分析値だけでは説明しきれないほどの泡付きが、なぜ生まれるのか気になりました。
  • 約36℃のぬる湯と炭酸の関係
    体温に近い源泉温度と、湯に残る炭酸ガスにはどんな関係があるのか注目しました。
  • 二つの源泉はどこまで似ている?
    徒歩数分なのに温度も色も異なる下ん湯と木乃葉の湯。その成分を比べてみました。
  • 無色の源泉が褐色になる不思議
    分析書では無色澄明なのに、浴槽では褐色に見える湯。その変化が気になりました。
  • 粒の泡から大地と歴史をたどる
    炭酸ガスの由来や大船山とのつながりから、湯の背景にある物語を追ってみました。
目次

七里田温泉ってどんなところ? | 4コマ漫画で体験してみる

ゆめにゃん

猫は入れないからフィクションにゃ…

七里田温泉の魅力を詰め込んだ4コマ漫画。炭酸泉と山里の味、くじゅう高原を紹介。

七里田温泉レビューと注目ポイント考察

この記事は、筆者が実際に温泉を訪れた際に感じた「なぜ?」をきっかけに、温泉分析書や公開資料などを調べ、自分なりに考察した内容です。資料から確認できる事実と筆者個人の考察を分けて記載するよう努めていますが、専門家による学術的な見解や結論を示すものではありません。直接的な裏付けを確認できていない仮説や想像については、その旨を明記しています。一人の温泉好きが、分析書や資料を眺めながら考えた「温泉の自由研究」としてお楽しみください。

炭酸量は突出していないのに、なぜこれほど泡付くのか

下ん湯に入って最初に驚いたのは、泡の付き方です。湯船に入ると腕や脚に細かな泡がびっしり付き、時間がたつにつれて一粒一粒が大きくなっていきます。これだけ泡が付くのだから、炭酸ガスの量も全国トップクラスなのだろうと思っていました。

ところが、別府温泉地球博物館の紹介記事を見ると、掲載されている分析値では遊離二酸化炭素が1,113mg/kg。同記事では長湯のラムネ温泉館が1,380mg/kg、九重町・山里の湯が1,800mg/kgと紹介されています。分析時期などが異なるため単純比較はできませんが、「泡の多さ=分析書の数値の高さ」ではなさそうです。

予想が外れたので、次に考えたのが「浴槽へ届くまでの条件」です。炭酸ガスを含む湯は、移送中に空気と触れたり撹拌されたりすることで、二酸化炭素が抜けていく可能性があります。実際、環境省が2015年に下ん湯を調査した際も、湯口では遊離二酸化炭素1,110mg/Lだったのに対し、湯口から離れた浴槽内では533mg/Lと測定されています。

旧湯小屋については、別府温泉地球博物館の記事で「源泉口から浴槽まで1m以下」とされ、浴槽の大きさに対して投入量が多いことも、強い泡付きの理由として挙げられていました。現在の湯小屋は2023年に建て替えられているため、配管距離まで同じかはわかりませんが、七里田温泉の公式サイトでは、現在も豊富な湯量を加熱や希釈をせず源泉かけ流しで利用していると案内されています。

分析書の数字は、温泉を知る大切な手がかりです。ただ、実際の泡付きには、浴槽へ届くまでの状態や源泉の投入量なども関係しているのかもしれません。数字が一番でなくても、入ってみると驚くほど泡が付く。そんな「分析書だけでは分からない面白さ」も、七里田温泉が温泉好きに惹かれる理由の一つなのだと思いました。

源泉36℃のぬる湯は、炭酸泉にとって「ちょうどいい」温度なのか

下ん湯のお湯は、入った瞬間は少しぬるく感じます。ところがしばらく浸かっていると、その温度にも慣れてきて、気づけば30分近く経っていました。熱くも冷たくもない、体温に近いぬる湯です。

入りながら考えたのは、「この温度は偶然なのか、それとも炭酸泉にとって都合のいい温度なのか」ということでした。二酸化炭素は、同じような圧力条件なら水温が高くなるほど水に溶けにくくなります。NISTの二酸化炭素と水の溶解度データを見ると、その傾向が確認できます。

だとすれば、約36℃という低めの泉温は、炭酸ガスを湯の中に残しやすい条件の一つなのではないか。もしもっと高温だったなら、地表に湧き出て浴槽へ届くまでに、今より二酸化炭素を保ちにくかった可能性もありそうです。ただし実際の温泉では、圧力や成分、湧出後の状態なども関係するため、泉温だけで決まる話ではなさそうです。

七里田温泉の公式サイトでは、下ん湯の湯温を37℃前後と紹介し、加温などをせず、そのまま入浴できる温度に近い炭酸泉は珍しいと説明しています。つまり約36~37℃という温度は、「ぬるい」というだけでなく、炭酸を含んだ源泉を大きく手を加えず浴槽へ届けられる点でも、下ん湯らしさにつながっているようです。

さらに興味深かったのが、浴舎の造りです。以前の浴槽は地表より約1.5m低い半地下にあり、二酸化炭素が浴槽付近に滞留する可能性がありました。環境省も2015年に七里田温泉下湯を調査しており、高濃度の二酸化炭素を含む温泉として浴室内のガス濃度などを測定しています。

その後、2023年のリニューアルでは浴槽を地面と同じ高さまで上げ、湯口付近の両側に換気扇を設置したと公式サイトにあります。炭酸ガスの滞留を防ぐことも、新しい浴舎を設計する理由の一つでした。

調べてみると、約36℃というぬるさは、この強い泡付きと無関係ではなさそうです。そして、湯に溶けていた二酸化炭素が空気中へ出たあとのことまで考えて、浴舎そのものも造り直されていました。ぬるい炭酸泉という個性だけでなく、その湯とどう付き合っていくかまで含めて七里田温泉なのだと思うと、下ん湯の見え方が少し変わりました。

徒歩数分の距離で54℃と36℃、二つの湯は兄弟なのか

下ん湯から坂を上って木乃葉の湯に移ると、まるで別の温泉地に来たようでした。こちらは温かく、浴槽の湯は褐色系。ほんのり金気を感じます。歩いて数分ほどしか離れていないのに、温度も色も泡付きもまったく違うのです。

最初の予想は、「これはまったく別系統の源泉なのでは」というものでした。ところが実際に入ってみると、湯ざわりにはどこか共通する印象もあります。そこで今度は、「地下では近いところから来た湯が、上がってくる経路の違いで別の顔になっているのでは」と考えてみました。

竹田市観光ツーリズム協会の施設紹介を見ると、源泉温度は木乃葉の湯が54.2℃、下ん湯が36.1℃。また、七里田温泉の公式案内では、どちらも大きなくくりではマグネシウム・ナトリウム-炭酸水素塩泉として紹介されています。見た目は大きく違っても、泉質の骨格には共通する部分があるようです。

過去の分析値を紹介した資料を見ると、木乃葉の湯では1997年の分析値として成分総計4,390mg/kg、遊離二酸化炭素572mg/kgが記録されています。一方、別府温泉地球博物館の下ん湯紹介では、下ん湯は成分総計4,443mg/kg、遊離二酸化炭素1,113mg/kgとされています。分析時期が異なるため単純比較はできませんが、総量は近い一方、遊離二酸化炭素には大きな差があります。

ここからは想像です。もし二つの湯が地下で何らかのつながりを持っているなら、地表へ上がってくるまでの経路や温度、圧力などの違いによって、現在のような差が生まれている可能性もあるのではないか。一般に二酸化炭素は水温が高いほど水に溶けにくくなるため、54℃と36℃という温度差も気になります。

ただ、泉質が似ていることや成分総量が近いことだけで、同じ地下水系だと判断することはできません。湧出深度や地下構造、混合する地下水などの詳しい情報がなければ、「兄弟」とまでは言い切れなさそうです。

それでも、徒歩数分の場所から、これほど違う二つの湯が湧いているのは面白いところです。分析書を並べて「もしかすると地下ではつながっているのかな」と想像してみる。そんな楽しみ方をすると、七里田温泉のはしご湯が一段深く感じられました。

「無色透明」のはずが褐色に、赤い湯縁と湯の花の正体

木乃葉の湯の浴槽を見ると、湯ははっきりと褐色に見えます。ところが掲示されている源泉の性状は「無色・澄明」。目の前の色と説明が合わないように見えて、これが気になりました。下ん湯でも、浴槽の縁が赤茶色に染まり、同じような色の湯の花が漂っていました。

最初に予想したのは、やはり鉄の影響です。地下では水に溶けた状態で存在していた鉄が、地表へ出て空気に触れることで酸化し、水に溶けにくい鉄を含む沈殿物へ変わっていく。その結果、湯や浴槽まわりが赤褐色に見えるのではないかと考えました。

竹田市観光ツーリズム協会の七里田温泉紹介を見ると、木乃葉の湯は「褐色の湯」と紹介される一方、源泉の性状は「無色・澄明・金気臭・収れん味」とされています。つまり、源泉として確認された状態と、浴槽で目にする状態には実際に違いがあるようです。

鉄を含む水では、溶けている二価の鉄が空気中の酸素によって酸化され、その後、水に溶けにくい鉄を含む物質が生じることがあります。USGSの資料でも、二価鉄が大気中の酸素によって酸化されやすく、鉄の溶け方はpHにも大きく左右されることが説明されています。

そう考えると、私が見た赤茶色の湯縁や湯の花にも、鉄の変化が関係している可能性は高そうです。ただし、浴槽の色や沈殿物がすべて鉄だけでできているとまでは、今回確認した資料からは判断できません。

さらに気になったのが、七里田が炭酸を多く含む温泉だということです。水から二酸化炭素が抜けると、条件によってはpHが上がることがあり、USGSの研究でもCO₂の脱ガスに伴うpH上昇が確認されています。また、鉄の酸化速度はpHの影響を強く受けることも知られています。

ここからは私の想像ですが、七里田では湧出後に炭酸ガスが抜け、空気にも触れていく過程が、鉄を含む湯の色の変化に関係しているのかもしれません。ただ、どの作用がどれほど大きいのかまでは分からないので、「炭酸が抜けたから褐色になった」と単純には言えなさそうです。

分析書に書かれた「無色・澄明」は源泉を分析したときの姿。そして浴槽で見る褐色や赤茶色の湯縁は、その湯が地上へ出てから変化した姿なのかもしれません。どちらかが間違っているのではなく、同じ温泉の「時間の違い」を見ていると思うと、湯船の色を見るのがまた少し楽しくなりました。

泡の炭酸ガスはどこから来たのか、火山と海をつなぐ妄想

下ん湯を出て木乃葉の湯へ戻る坂道からは、遠くに大船山が見えます。体に付いていた泡を思い出しながら山を眺めていて、ふと「あの炭酸ガスは、そもそもどこから来たのだろう」と気になりました。七里田温泉の公式サイトでも、下ん湯は「くじゅう連山の火山の恵みをうけた炭酸泉」と紹介されています。

最初に思い浮かんだのは、やはり火山です。地下深くから上がってきた二酸化炭素が地下水に溶け込み、それが地表に湧き出しているのではないか。七里田や長湯のように炭酸を多く含む温泉がこの地域に集まっていることを考えると、くじゅう火山との関係を想像したくなります。

長湯温泉については、実際に二酸化炭素の起源を調べた研究があります。1999年には長湯温泉の遊離炭酸ガスを化学・同位体組成から調べた研究が発表され、その後の研究でも、長湯の熱とCO₂は活動的なくじゅう火山に由来すると紹介されています(九州大学学術情報リポジトリ)。

ここまでは、最初の予想に近い話でした。ところが、別府温泉地球博物館の記事を読むと、さらに面白い説明が紹介されています。京都大学名誉教授・由佐悠紀氏によれば、長湯温泉の炭酸ガスはマグマ起源で、その炭素の約7割は海でつくられた炭酸塩に由来するとされています。海洋プレート上の堆積物に含まれていた炭酸塩が、沈み込みの過程を経てマグマ側へ取り込まれたという説明です。

ただし、これは長湯温泉についての研究・説明です。七里田の炭酸ガスについて、同じ割合や同じ経路を示した資料は今回みつかりませんでした。七里田公式が「同じ流域に高濃度の炭酸を含む源泉が多い」と案内していることから、似た背景を持つ可能性は想像できますが、ここはあくまで仮説として置いておきたいところです。

それでも、この話を知ると想像が一気に広がります。山あいの小さな浴槽で体に付いた泡。その炭素の一部が、もしかすると遠い昔に海でつくられた炭酸塩に由来しているのかもしれない。温泉の泡一粒から、火山、海、そしてプレートの動きまで思いを巡らせる。そんな寄り道ができるのも、温泉を調べる面白さだと思いました。

地震で泡付きが弱まった?自噴泉の「生き物らしさ」

下ん湯について調べていると、「地震のあとに休業していた」という話に何度か出会いました。建物の被害ならまだ想像できます。でも、泡付きが印象的な温泉で、地震によって「湯そのもの」が変わることがあるのだろうか。そこが気になりました。

最初に考えたのは、「地下の水の通り道に何らかの変化が起き、湧出量やガスの出方が変わったのではないか」ということです。下ん湯はポンプで強制的にくみ上げるのではなく、自噴する源泉として案内されています。地下の状態が変われば、その影響が地表での湧き方にも表れることがあるのでは、と予想しました。

実際、別府温泉地球博物館に掲載された2016年熊本地震後の記録では、地震後に湯量が低下し、泡付きも弱くなったため下ん湯が休業していたとされています。4月29日に特別に入浴した際には、泡は付くものの以前ほど大きく育たず、湯温も約34℃。女湯では濁りがあり、オーバーフローもわずかだったそうです。その後、2か月ほどして源泉の状態が戻り、営業を再開したと記されています。

さらに2022年1月22日には、日向灘を震源とする地震で竹田市でも最大震度5強を観測しました。大分放送の2023年の取材によると、この地震以降、下ん湯では湯量が激減。その後の建て替え工事を経て、2023年7月に新しい湯小屋が営業を再開しています。興味深いことに、工事後は地震前より湯量が増え、関係者は工事の振動で配管の詰まりが解消した可能性もあると推測しています。

つまり、「地震で地下の割れ目が変わったから湯量が減った」と一つの理由だけで説明するのは難しそうです。一般に地震後には、湧水量や地下水位、温度などが変化する例が知られていますが、その反応は場所によって異なり、原因についても複数の仕組みが考えられています。

2016年の記事には、長湯のラムネ温泉館では逆に「地震後に泡付きが強くなったと聞き、訪ねた」という記録もあります。これは個人の聞き取りと体験なので、地震との因果関係までは分かりません。それでも、近い地域の温泉が同じように変化するとは限らない、という点は印象に残りました。

分析書に並ぶ数値を見ると、温泉はいつも同じ状態で湧いているように思えてしまいます。でも実際には、分析値は採取した時点の一つの記録です。自然に湧き続ける源泉は、地下の状態によって湧出量や温度などが変わることもある。そう考えると、下ん湯は地下とつながった「生き物」のようにも見えてきました。

私が見た泡も、いつまでもまったく同じとは限らない。そんな一期一会のようなところまで含めて、自噴泉を訪ねる面白さなのかもしれないと思いました。

泉質名と源泉温度が資料ごとに違う、「表記ゆれ」を読み比べる

七里田温泉について資料を集めていると、泉質名や源泉温度が資料ごとに少しずつ違うことに気付きました。温泉好きとしては、こういう「ずれ」を見つけると放っておけません。

最初は、「分析した時期や、どちらの源泉を指しているかが違うだけかな」と考えました。実際、七里田には木乃葉の湯と下ん湯という二つの源泉があり、さらに資料によって泉質名をどこまで詳しく書くかにも違いがあります。

たとえば、七里田温泉の公式サイトでは、木乃葉の湯と下ん湯をともに「マグネシウム・ナトリウム・炭酸水素塩泉」と案内し、源泉温度は木乃葉の湯56℃、下ん湯36.5~37℃としています。一方、竹田市観光ツーリズム協会では木乃葉の湯54.2℃、下ん湯36.1℃です。

さらに、別府温泉地球博物館が紹介する下ん湯の分析値では、泉質名は「含二酸化炭素-マグネシウム・ナトリウム・カルシウム-炭酸水素塩・硫酸塩泉」、泉温36.3℃、pH6.3、成分総計4,443mg/kgとなっています。公式サイトよりずいぶん長い名前ですが、こちらは分析結果をより細かく反映した表記です。

面白かったのが、頭に付く「含二酸化炭素」です。環境省の「鉱泉分析法指針」では、遊離二酸化炭素を1kg中1,000mg以上含む塩類泉は、泉質名の頭に「含二酸化炭素-」と付記すると定められています。別府温泉地球博物館が掲載する下ん湯の値は1,113mg/kgなので、この基準を超えています。

昔の泉質名を調べるのも面白いところです。環境省の新旧泉質名対照表には「含芒硝-重炭酸土類泉」という旧泉質名があり、現在のイオン名を使った表記では、カルシウムやマグネシウム、ナトリウムと、炭酸水素塩・硫酸塩を組み合わせた泉質名に対応します。「芒硝」「重炭酸土類」という昔ながらの言葉が、今の分析書ではイオン名に置き換わっているわけです。

源泉温度についても、36.1℃、36.3℃、36.5~37℃と少しずつ違います。温泉は測定した時期や条件によって数値が変わることがありますし、各ページが異なる時期の分析結果を引用している可能性もあります。少なくとも、この程度の違いだけを見て「どれかが間違っている」と考える必要はなさそうです。いつ測ったのか、どこまで詳しく分類したのか、昔はどんな名前で呼ばれていたのか。資料の「ずれ」そのものが、七里田温泉が測られ、名付けられてきた履歴のように見えてきました。

「木乃葉の湯」の名前と、案内板に残る「木の葉の石」

受付で「木乃葉の湯」という名前を見たとき、最初は山里らしい素朴な名前だなと思っただけでした。ところが七里田温泉について調べているうちに、現地の案内板に「木の葉の石」という言葉が出てくることを知り、一気に気になり始めました。

別府温泉地球博物館の記事には、現地案内板「七里田温泉今昔物語」の内容が紹介されています。それによると、この地域では弥生時代から古墳時代にかけて温泉を中心に集落が栄えていたとされ、その痕跡として「多数の住居跡や木の葉の石」が挙げられています。ここでいう「木の葉の石」が具体的にどのような石なのか、詳しい説明まではありません。

最初に思い浮かんだのは、葉の形が残った化石でした。実際、「木の葉石」という言葉は、湖底などに堆積した葉が化石として残ったものを指す例があります。ただし、これは栃木県塩原など別地域の話で、七里田の「木の葉の石」と同じ成り立ちだと確認できたわけではありません。

ここで、もう一つ気になる可能性が出てきました。炭酸を含む温泉では、地表に湧き出したあとに二酸化炭素が抜け、炭酸カルシウムを主成分とする石灰華ができることがあります。日本温泉協会の解説でも、このような温泉析出物が紹介されています。

さらに阿蘇地域の研究では、温泉由来の石灰華が木の葉を取り込み、その後に葉の形が印象として残る可能性も報告されています。七里田の「木の葉の石」が同じ仕組みでできたものかは分かりませんが、温泉と木の葉から石のような形が生まれる例そのものは存在するようです。

ここからは完全に私の想像です。もし七里田でも、昔の湯だまりに落ちた葉が温泉の沈殿物に包まれ、その形を残したのだとしたら――。「木の葉の石」は、温泉が長い時間をかけて残した小さな記録だったのかもしれません。

ただし、「木乃葉の湯」という施設名が、この「木の葉の石」に由来するのかどうかは確認できませんでした。響きが似ているからこそ想像が膨らみますが、ここはあくまで名前から始まった私なりの寄り道として楽しむことにします。

ちなみに名前つながりでもう一つ。七里田温泉公式サイトによると、「下ん湯」は九州・大分で「〜の」を「〜ん」と表す方言から来た呼び方で、「下湯」「下ん湯」「下の湯」のどれも間違いではないそうです。こちらは由来が公式に説明されていました。

七里田に御茶屋を建てた殿様は、なぜ大船山を愛したのか

七里田温泉について調べていると、岡藩3代藩主・中川久清がこの地に御茶屋を設け、湯治に訪れていたという話が出てきました。「温泉好きのお殿様だったのかな」と思ったのですが、久清について調べていくと、むしろ気になったのは七里田温泉の向こうにそびえる大船山でした。

竹田市歴史文化館の資料によると、中川久清は1653年に岡藩3代藩主となり、1666年に隠居した人物です。領内の検地や水路の開削などを進めた一方、「入山」と号するほど、くじゅう連山の大船山に強くひかれていました。しかも、その山への思い入れは相当なものだったようです。久清は足が不自由だったとされ、現在も残る「人馬鞍」に乗り、屈強な配下の者に背負われて大船山へ登ったと考えられています。大船山中腹、標高約1,400mには久清自身の墓所「入山公廟」まで築かれています。

さらに竹田市観光ツーリズム協会の入山公廟の紹介を見ると、久清は大船山の麓にある七里田温泉に御茶屋を設け、岳麓寺から大船山へ向かう途中の鳥居ヶ窪にもたびたび登ったとされています。七里田温泉と大船山は、久清にとって別々の場所ではなかったようです。

ここからは私の想像です。七里田に御茶屋を設けた理由には、もちろん湯治や領内での活動など、さまざまな事情があったのでしょう。ただ、大船山をこれほど愛した人物だったと知ると、この場所から山を眺められることも、久清にとって魅力の一つだったのではないかと考えたくなります。実際、現在の竹田市の岡城ガイダンスセンターでも、久清は大船山へたびたび登り、七里田や長湯へ湯治に出かけた人物として紹介されています。温泉と登山は、久清の中で意外と近い存在だったのかもしれません。

私が下ん湯から木乃葉の湯へ戻ったときにも、山あいの向こうに大船山が見えていました。あの山を「入山」と名乗るほど愛し、ついには自分の墓まで山中に築かせた殿様が、かつて七里田にも御茶屋を設けていた。そう知ってから振り返ると、目の前にある大船山は単なる温泉地の背景ではなくなります。久清もこのあたりから同じ山を眺めていたのだろうか――。そんなことを想像しながら湯上がりに山を見るのも、七里田温泉の歴史を楽しむ一つの方法だと思いました。

ゆめにゃん

泡に触れ、大地を想い、湯上がりに山を見上げる。
次の休みは、七里田温泉で「一粒の泡から広がる物語」をたどる旅に出かけませんか?

炭酸泉を象徴する細かな泡

七里田温泉の下ん湯を象徴するのが、湯の中で次々と現れる細かな気泡。遊離二酸化炭素を含むぬるめの源泉が注がれ、浴槽で泡が育っていく様子そのものが見どころになります。

泡付きから見えてくる湯の個性

下ん湯の魅力は炭酸量の数字だけでは語りきれません。源泉口から浴槽までの距離が短く、浴槽に対して投入量が多いことも、印象的な泡付きにつながる要素として紹介されています。

約36℃の源泉温度に注目

下ん湯の源泉温度は約36℃。二酸化炭素は高温になるほど気化しやすいため、加温せず入れるこの温度帯と炭酸泉らしい泡の共存は、七里田の湯を読み解く面白いポイントです。

二つの源泉を比べる楽しみ

ぬるく泡立つ下ん湯だけでなく、温度や色合いの異なる木乃葉の湯があるのも七里田温泉の面白さ。同じ小さな温泉地で、二つの湯の違いを比べられることが考察の入口になります。

湯の色と赤茶色の湯縁

下ん湯では透明感のある湯と細かな泡に加え、鉄分で赤く染まった湯縁も観察できます。成分表の数字だけでなく、湯口や浴槽まわりに残された色から温泉を眺めるのも楽しみ方の一つです。

温泉マニアあるある! – 七里田温泉考察編

ゆめにゃん

マニアの人はこうなっちゃう…かも!?

泡が付くまで無言で待つ

下ん湯に入ると、マニアは腕をそっと湯の中へ沈めて急に無言になります。友達が「どうした?」と聞いても、「ちょっと待って……今、育ってるから」と謎の返答。しばらくして細かな泡がびっしり付くと、「ほら来た!!」と満面の笑み。温泉に浸かっているというより、泡の成長観察を始めてしまいます。

付いた泡を払ってまた待つ

せっかく全身に付いた細かな泡を、マニアは突然手でサッと払います。友達が「もったいなくない?」と驚くと、「大丈夫。また付くから」と余裕の表情。そして本当に泡が戻ってくると、「ほらね!」とニヤリ。誰にも頼まれていないのに、七里田の泡の再現性を自分の腕で検証し始めます。

湯口までの距離が気になり始める

猛烈な泡付きを見たマニアは、やがて浴槽ではなく湯口を見始めます。「源泉どこだろ……」「ここまで何メートルかな」と完全に別のスイッチがON。友達が「泡を楽しめばいいじゃん」と言っても、「いや、この近さが大事なんだよ!」と熱弁。気付けば温泉より配管ルートに興味津々です。

オーバーフローを見てニヤつく

浴槽から湯が絶えずあふれていると、マニアは湯船より先に床を見ます。「おお……ちゃんと流れてる」となぜかうれしそう。友達が「床が濡れてるだけでは?」と返しても、「この流れを見たまえ!」とドヤ顔。湯量や入れ替わりを想像しながら、オーバーフローだけで数分楽しめてしまいます。

36℃という数字だけで盛り上がる

下ん湯の源泉温度が約36℃と知ったマニアは、「36℃かぁ……いいところ突いてくるなぁ」と意味深にうなずきます。友達が「誰が何を突いたの?」と聞いても、「この温度だから面白いんだよ」と満足そう。炭酸ガスと泉温の関係を考え始め、数字ひとつで勝手に物語を作り始めます。

二つの湯を勝手に比較研究する

下ん湯では透明感のあるぬる湯と泡を眺め、木乃葉の湯へ移れば今度は温度や湯色を確認。「さっきと全然違う!」とマニアのテンションは再上昇します。友達は普通にはしご湯を楽しんでいるのに、一人だけ「同じ温泉地でこの差か……」と脳内比較表を作成。入浴がいつの間にか現地調査になります。

炭酸量を知って逆に悩み始める

あれだけ泡が付くのだから炭酸量も日本一級だろう、と期待して分析値を確認したマニア。「あれ?もっと多いところあるじゃん……」と一瞬停止します。しかし落ち込むどころか、「じゃあ、なんでこんなに泡が付くんだ!?」と大喜び。疑問が増えるほどテンションも上がる、面倒くさい温泉好きの本領発揮です。

湯縁の色まで観察対象になる

普通なら浴槽のお湯を見るところ、マニアは縁の赤茶色までじっくり観察。「こっちも面白いな……」と指差しながら、湯の色との違いを確認します。友達が「もう入ろうよ」と促しても、「待って、ここ重要だから!」。七里田では泡だけでなく、浴槽に残された色まで立派な観察対象になってしまいます。

分析書を見つけると急に足が止まる

湯上がりに温泉分析書を見つけると、マニアは当然のように立ち止まります。「源泉温度……成分総計……遊離二酸化炭素……」と読み進め、さっき見た泡や湯色との答え合わせを開始。友達が先に帰ろうとしても、「ちょっと待って!まだ陽イオン見てない!」。最後まで温泉から解放されません。

わかっているのに鉄を見つけて大喜びする

赤褐色の湯や湯縁を見て、「これは……鉄なのか!?」と大げさに予想するマニア。内心ではだいたい察しているのに、分析値を確認して鉄を見つけた瞬間、「いる!やっぱり鉄いるよ!!」と謎の大興奮。友達に「いや、見ればだいたい分かるだろ」と突っ込まれても満足そう。その姿を見て、まわりからは”鉄人”とあだ名されてしまうのです。

管理人

管理人いじりですね…
そう呼ばれるのも悪くない!

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この記事を書いた人

温泉巡り歴15年。
トロトロのお湯と硫黄の香りが大好物。
なのに他の泉質にもすぐハマってしまう。
休日は山奥の秘湯へ直行。
そして、猫が好き。

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