鈍川温泉を深掘りレビュー!せせらぎ交流館で楽しむpH9.9の冷鉱泉(愛媛県今治市)

湯め活びより鈍川温泉考察編のアイキャッチ画像

渓谷の奥で、静かに湧き続けてきた鈍川温泉。
やわらかな湯ざわりに身をゆだねていると、この湯がどこから来て、なぜこのような個性を持つのか知りたくなりました。
分析書を眺め、地質や歴史をたどってみると、数字の向こうに山里と湯が歩んできた時間が見えてきます。
ここでは、実際に浸かって興味を持ったことを手がかりに、鈍川の湯をもう少し深くたどってみます。

鈍川温泉で興味深かったこと
  • pH9.9の湯はどこから?
    火山のない山里で、どのようにして高いアルカリ性になるのか気になりました。
  • 冷たい鉱泉も「温泉」なの?
    源泉は20℃ほど。それでも温泉になる理由を分析書から探りました。
  • 分析書に隠れた成分の個性
    フッ化物やラドンなど、少ない成分の中で目立つ数字に注目しました。
  • 山里で受け継がれてきた湯
    湧出の伝承や汲み湯、温泉スタンドへ続く歴史をたどりました。
  • 名物いのぶた鍋はなぜここに?
    林業の山里で、この鍋が名物になった背景に興味を持ちました。
目次

鈍川温泉ってどんなところ? | 4コマ漫画で体験してみる

ゆめにゃん

猫は入れないからフィクションにゃ…

鈍川温泉の魅力を詰め込んだ4コマ漫画。歴史ある名湯やお湯の特徴、猪豚鍋、渓谷散策を楽しむゆめにゃん。

鈍川温泉レビューと注目ポイント考察

この記事は、筆者が実際に温泉を訪れた際に感じた「なぜ?」をきっかけに、温泉分析書や公開資料などを調べ、自分なりに考察した内容です。資料から確認できる事実と筆者個人の考察を分けて記載するよう努めていますが、専門家による学術的な見解や結論を示すものではありません。直接的な裏付けを確認できていない仮説や想像については、その旨を明記しています。一人の温泉好きが、分析書や資料を眺めながら考えた「温泉の自由研究」としてお楽しみください。

火山のない今治の山里で、鈍川温泉がpH9.9になる理由を考える

鈍川せせらぎ交流館さんの浴槽に浸かって最初に驚いたのは、肌の上を指がするりと滑るようなトロみでした。掲示を見ると「pH9.9」。これほどアルカリ性の高い鉱泉なのに、周辺に活火山は見当たりません。そこで「マグマの熱ではなく、岩と水が長い時間をかけて反応した結果なのかな」と興味を持ちました。

調べてみると、国土交通省の土地分類基本調査では、鈍川鉱泉は花崗岩と、それを貫く斑岩岩脈との境界にある破砕部から湧出するとされています。また、高縄半島には白亜紀の花崗岩類が広く分布し、トーナル岩・花崗閃緑岩・花崗岩などに分けられることが日本地質学会の研究発表でも報告されています。

花崗岩類を構成する長石などの鉱物と地下水が反応すると、水質は少しずつ変化します。研究では、長石と地下水との反応によってpHやナトリウム濃度が上昇しうることが示されています。鈍川せせらぎ交流館さんの現地掲示でも、陽イオンではナトリウムが多く、陰イオンでは炭酸水素イオンや炭酸イオンが目立ちました。

こうして見ていくと、鈍川温泉の高いアルカリ性には、地下を通る水と花崗岩類との水―岩石反応が関わっているのかもしれません。 源泉が20℃台の冷鉱泉であることを考えても、火山の熱を直接想定しなくても説明できそうです。地下で長い時間、岩と向き合ってきた水なのだと思うと、あのトロみがいっそう味わい深く感じられました。

源泉約20℃の鈍川温泉は、なぜ温泉法上の「温泉」なのか

せせらぎ交流館さんの湯は使用位置で42.2℃に温められていますが、掲示されていた分析書を見ると、源泉は20.6℃です。サウナの水風呂より少しぬるい程度の温度です。温泉法では源泉温度25℃以上が条件のひとつなので、「では、どの成分によって温泉に該当するのだろう」と興味を持ちました。鈍川温泉の紹介ではラドンがよく強調されているため、「もしかしてラドンが決め手なのかな」と予想しました。

環境省が示す温泉の定義を見ると、源泉温度が25℃未満でも、指定された成分のうち一つでも基準を満たせば温泉に該当します。そこで、浴場に掲示されていた平成24年の分析書と比べてみました。

成分温泉法の基準(1kgあたり)掲示の分析値(平成24年)
フッ化物イオン2mg以上8.8mg
メタけい酸50mg以上メタけい酸水素イオンとして45.6mg※
メタほう酸5mg以上メタほう酸イオンとして1.5mg※
ラドン20×10⁻¹⁰Ci以上3.5×10⁻¹⁰Ci

※pHの高い鉱泉ではイオンの形で分析表に記載されることがあり、温泉法上の判定ではメタけい酸、メタほう酸として換算して判断します

結果は予想と大きく違いました。ラドンは温泉法の基準には届いておらず、決め手ではありません。メタけい酸も基準まであと一歩、メタほう酸も基準を下回ります。一方、フッ化物イオンは8.8mg/kgと、基準の2mg/kgを4倍以上上回っています。この分析値を見る限り、鈍川せせらぎ交流館さんで使われている玉川鉱泉を温泉法上の「温泉」にしている決め手は、フッ化物イオンでした。

ちなみに、過去の分析書資料を見ると、別源泉ではメタほう酸に相当する成分も基準を超える値が記録されているものも見られました。源泉や分析時期によって、「温泉になる理由」が少しずつ違って見えるのも面白いところです。

予想は外れましたが、「ラドンかな?」と思って調べ始めた先で、フッ化物イオンが温泉の資格を支えていたと知ると、なんだか急にこの8.8mgという数字が頼もしく見えてきました。

単純温泉?冷鉱泉?鈍川温泉の泉質表記とpHがサイトごとに違う理由

帰宅後に旅行サイトを見比べると、鈍川温泉の泉質は「単純温泉」「アルカリ性単純泉」「低張性アルカリ性冷鉱泉」など、表記がばらばらでした。pHも9.2、9.6、9.8、9.9と幅があります。源泉が25℃未満なら「単純温泉」ではないのではないか。pHの違いは分析した時期などが関係しているのだろうか、と気になりました。

環境省の鉱泉分析法指針(平成26年改訂)では、単純温泉は溶存物質が1,000mg/kg未満で、泉温25℃以上の療養泉とされています。一方、「冷鉱泉」は25℃未満という泉温による分類、「アルカリ性」はpHによる分類、「低張性」は浸透圧による分類です。これらは泉質名そのものではなく、泉温・液性・浸透圧を表す分類として泉質名に併記されるものです。神奈川県温泉地学研究所も、療養泉の条件に該当しない場合は泉質名を付けず、「温泉法の温泉に該当する」とすることを解説しています。現在の鈍川温泉旅館組合の案内でも、玉川鉱泉は「低張性アルカリ性冷鉱泉」と記載されています。

pHについては、さらに事情が複雑でした。温泉分析書では現地と試験室の両方でpHを測定することになっており、温泉水は空気に触れたり、溶存ガスが出入りしたりすることでpHが変化する場合があります。さらに鈍川温泉では、玉川鉱泉だけでなく、過去には鈍川鉱泉第1源泉や第1・第2源泉の混合泉も使われてきました。過去の分析書を紹介した資料では、pH9.6や9.2という値も確認できます。つまり、サイトごとの数字の違いを単純に「どれかが間違い」と考えるより、源泉・分析時期・測定条件が異なる可能性を考えたほうがよさそうです。

成分を眺めると、その違いが少しだけ見えてきます。過去の分析では、pH9.2で炭酸イオン6.1mg/kg、pH9.6で19.6mg/kg。せせらぎ交流館さんに掲示されていたpH9.9の分析では21.0mg/kgでした。さらにpH9.9では、ミリバルで比べても炭酸イオン0.70に対して炭酸水素イオン0.59と、炭酸イオンのほうがわずかに多くなっています。水酸化物イオン1.3mg/kgという値も、pH9.9から計算される量とほぼ一致します。pHが高くなるにつれて炭酸水素イオンより炭酸イオンの割合が増えるという関係が、分析表にも表れているように見えました。

結局、鈍川温泉の表記がばらばらに見えたのは、「泉質名」と「冷鉱泉・アルカリ性・低張性という分類」が混在していることに加え、そもそも見ている源泉や分析年代まで違っていたからなのだと思います。最初は「結局どれが正しいんだ?」と思いましたが、分析書を見比べてみると、数字の違いそのものが鈍川温泉の歩みを映しているようで面白くなってきました。

鈍川温泉のラドン、分析書の数字を基準と見比べてみた

鈍川温泉旅館組合の紹介には、「ラドン含有量が高い」と書かれています。湯船に浸かりながらそれを思い出し、「どのくらい含まれるんだろう?」と興味を持ちました。

そこで、まずラドンに関する基準を調べてみました。環境省による温泉の定義では、ラドンが1kgあたり74ベクレル(5.5マッヘ)以上あれば、25℃未満でも温泉法上の「温泉」に該当します。さらに111ベクレル(8.25マッヘ)以上になると、療養泉の分類では「放射能泉」となります。

せせらぎ交流館さんに掲示されていた平成24年の玉川鉱泉の分析書を見ると、ラドンは3.5×10⁻¹⁰キュリー、0.97マッヘでした。この分析値では、ラドンは温泉法上の基準や放射能泉の基準には達していませんが、しっかり数値として表れていることが確認できました。過去の鈍川温泉ホテルさんの別源泉を記録した資料では、昭和57年に6.53マッヘ、平成14年には4.85マッヘ前後という値も確認できます。

ここで面白かったのは、「鈍川温泉のラドン」という一つの数字があるわけではなかったことです。源泉や分析年代が違えば、測定されたラドン量にもかなり幅があります。現在せせらぎ交流館さんで確認できる玉川鉱泉と、過去の別源泉を同じものとして比べることはできません。

なお、ラドンは水中から気相へ移動しうる気体で、その水中濃度は温度などの条件にも左右されます。研究でも、水と空気の間でのラドンの分配が水温によって変化することが確認されています。ただし、せせらぎ交流館さんの浴槽で実際にどの程度変化しているかを測った資料は見つけられなかったため、ここから浴槽中の濃度を推測することはできません。

最初はどのくらいの含有量なのかに興味を持ちましたが、分析書を追ってみると、現在の玉川鉱泉と過去の源泉では数字そのものが違いました。鈍川では源泉によってこんなに数字が違ってきたことが、私には面白く感じられました。

フッ化物8.8mgとカルシウム1.0mgが語ること

掲示されていた分析書を読み返して目に留まったのが、フッ化物イオン8.8mg/kgという数字です。陰イオンの中でも存在感があり、成分総計が約185mg/kgしかない鈍川の湯ではかなり目立ちます。逆にカルシウムはわずか1.0mg/kg。「花崗岩に由来するフッ素が、カルシウムの少ない水だからこそ溶けたまま残りやすいのかな」と想像しました。

調べてみると、日本国内の水道水と花崗岩の関係を調べた研究では、フッ化物イオン濃度が0.3mg/L以上だった浄水場は西日本に多く、その約96%が花崗岩の分布域に位置していました。研究では、花崗岩中のフッ化物が水中濃度に影響している可能性が示されています。

さらに興味深かったのが、花崗岩と黒雲母を使った溶出実験です。実験では花崗岩から高濃度のフッ化物イオンが溶け出しましたが、カルシウムが十分に増えると、蛍石(フッ化カルシウム)の生成によって水中のフッ化物濃度が低下しました。研究では、地下水中のフッ化物濃度を左右する要因の一つとして、カルシウムとの関係が指摘されています。

もちろん、鈍川で実際に同じ反応が起きていることを確認したわけではありません。それでも、フッ化物イオン8.8mg/kgに対してカルシウム1.0mg/kgという組み合わせを見ると、「カルシウムの少なさも、フッ化物が水中に残る条件の一つなのかな」という最初の予想は、あながち見当違いでもなさそうです。

もうひとつ面白いのが、過去の源泉との違いです。鈍川温泉ホテルさんの過去の分析書を紹介した資料では、昭和57年や平成14年の分析で、フッ化物イオンだけでなくメタほう酸に相当する成分も温泉法の基準を超える値でした。現在の玉川鉱泉では、その組み合わせは違っています。源泉や分析年代が変われば、目立つ成分も変わる。分析書を並べると、同じ「鈍川温泉」という名前の奥に、それぞれ違う地下水の道のりがあるように見えてきました。

硫化水素イオンがあるのに無臭?鈍川温泉と明治の「冷硫黄泉広告」

せせらぎ交流館さんに掲示された分析書には、硫化水素イオン0.5mg/kgと書かれています。平成14年の別源泉の分析でも0.7mg/kgでした。ところが、浴槽のお湯からは、いわゆる「ゆで卵」のような硫黄の香りをほとんど感じません。鈍川温泉旅館組合の紹介でも、においは「無臭」とされています。「強いアルカリ性のため、硫黄が匂いにくい形で存在しているのかな」と予想しました。

調べてみると、環境省の硫化水素中毒事故防止ガイドラインには、アルカリ性や弱アルカリ性の硫黄泉では、気体の硫化水素はほとんど含まれず、硫化水素イオンやチオ硫酸イオンとして含まれるとあります。つまり、分析書に硫化水素イオンが載っていることと、浴槽で硫黄の香りを感じないことは矛盾しないようです。

さらに調べていくと、思わぬ歴史資料に出会いました。日本歴史地名大系の鈍川温泉の解説には、明治6年(1873年)の「冷硫黄泉広告」という文書が紹介されています。少なくとも明治初期には、鈍川の湯が「冷硫黄泉」という言葉で語られていたことになります。

現在の基準では、温泉法上の温泉となる総硫黄は1mg/kg以上、療養泉として硫黄泉に分類される基準は2mg/kg以上です。いずれも硫化水素イオンだけではなく、チオ硫酸イオンや遊離硫化水素を含め、硫黄(S)として換算した総量で判定します。そのため、せせらぎ交流館さんの「硫化水素イオン0.5mg/kg」を、そのまま現代の総硫黄基準と比較することもできません。

そして何より、150年以上前の「冷硫黄泉」という呼び名を、現在の泉質分類にそのまま当てはめることはできません。当時の成分が違っていたのか、香りなどからそう呼ばれたのか、それとも別の理由があったのかは分かりません。

それでも、現在は無臭に近いアルカリ性の湯の分析書に硫化水素イオンを見つけ、その先をたどったら明治時代の「冷硫黄泉広告」に行き着いたのは面白い発見でした。次に浸かるときは、匂いを探すというより、「この湯を昔の人は冷硫黄泉と呼んでいたのか」と思いながら、もう一度じっくり味わってみたくなります。

成分総計わずか0.185g。鈍川温泉のぬるぬる感はどこから来るのか

せせらぎ交流館さんの分析書で意外だったのは、成分総計が0.1854g/kgしかないことです。1g/kgにも遠く及ばない、とても成分の控えめな鉱泉です。それでも浸かってみると肌はしっかりぬるぬるします。「浴感を決めるのは成分の量だけではなく、pHの高さや成分の組み合わせなんだろうな」と興味を持ちました。

神奈川県温泉地学研究所の解説では、重曹成分を多く含む温泉について、入浴中はぬるぬるし、浴後はさっぱりすべすべした浴感になると紹介されています。鈍川の場合、ナトリウムが陽イオンの中心で、炭酸水素イオンや炭酸イオンも含まれています。そして何よりpH9.9という高いアルカリ性です。成分総量だけを見れば淡い水ですが、こうした水質の特徴が重なって、あの独特の肌触りにつながっているのかもしれません。

もうひとつ気になったのが温度です。せせらぎ交流館さんでは20.6℃の源泉を加温して利用しています。一方、かつて鈍川温泉ホテルさんには、加温しない源泉を使った水風呂があったという記録も見かけました。

同じような水質でも、20℃ほどの冷たい状態と40℃前後に温めた状態では、肌で受ける印象まで同じなのでしょうか。実際に鈍川で温度別の浴感を測定した資料までは見つけられませんでしたが、これは数字だけでは答えが出せません。もし源泉そのままの水と加温した湯を入り比べる機会があれば、今度は「どちらがぬるぬるするか」を自分の肌で確かめてみたいと思いました。

伊予の三湯を並べて見えてきた、高縄半島の花崗岩とのつながり

美賀登さんのサイトには、鈍川温泉について「道後まさりのお湯が出る」と歌に詠まれたことが紹介されています。道後・本谷と並ぶ「伊予の三湯」は、もしかすると地質にも共通点があるのではないかと興味を持ちました。鈍川温泉旅館組合や愛媛県の案内でも、道後・鈍川・本谷の三湯が「伊予の三湯」と呼ばれていることが確認できます。

公開されている分析値を並べてみると、こんな違いがあります。

温泉泉温pH分類
道後温泉(第1分湯場)48.1℃9.0低張性アルカリ性高温泉
鈍川温泉(せせらぎ交流館さん掲示)20.6℃9.9低張性アルカリ性冷鉱泉
本谷温泉19.4℃9.0低張性アルカリ性冷鉱泉

本谷温泉の19.4℃という泉温は、施設を紹介した資料でも確認できます。道後は多数の源泉があり、現在は約20~55℃まで幅があるため、この表では松山市が公開している第1分湯場の分析値を代表例として使っています。

地質を調べると、さらに共通点が見えてきました。愛媛県史では、高縄半島には花崗岩類が広く分布し、粗粒の花崗閃緑岩などが大きな面積を占めるとされています。道後温泉も、松山市の資料では花崗岩の割れ目から湧く温泉と説明されています。鈍川についても、土地分類基本調査では花崗岩類の岩盤から湧出する非火山性の鉱泉とされています。本谷温泉がある西条市河之内も高縄半島東側に位置し、この地域を流れる大明神川は東三方ヶ森の東斜面を源として、風化した花崗岩地域を流れています。

三湯ともアルカリ性という点は共通していますが、温度は大きく違います。鈍川では平成元年に地下約300mまで掘削して多量の湯を得たとされていますが、それでも現在の玉川鉱泉は20℃台です。一方、道後には40~50℃台の源泉もあります。同じ花崗岩類の地域でも、地下水が通る割れ目や循環する深さ、地下で過ごす時間などが違えば、出てくる水まで同じになるとは限らないのでしょう。

最初は「伊予の三湯なら、お湯の成り立ちまで似ているのでは」と思いました。調べてみると、まったく同じ泉源というわけではないものの、三湯とも高縄半島の花崗岩類と関わりの深い場所に湧いていることが見えてきました。歴史的に並べられてきた三つの湯を、今度は地質という別の角度からはしごしてみるのも面白そうだと思いました。

汲んで帰る湯の文化?鈍川温泉の湧出史と温泉スタンドをたどる

温泉郷の入口には、湯を持ち帰れる温泉の自動販売機があります。温泉スタンドはいろいろな温泉地で見かけますが、そもそも温泉を汲んで帰り、自宅で使うという付き合い方は昔からあったのだろうかと興味を持ちました。現在も四国ツーリズムの案内には、鈍川温泉の入口で温泉を持ち帰れることが紹介されています。

調べてみると、日本歴史地名大系の鈍川温泉の解説には、古くは湯野谷や楠窪湯と呼ばれ、源泉が渓谷の岩の隙間から湧いていたことが記されています。さらに、村の人たちは渓谷から湯を汲んで帰り、自宅の浴用としていたようです。天平6年(734年)と同17年の地震で湯が止まり、その後は泉量や温度が低下したという話も残されていますが、こちらは中近世の記録には見られない伝承とされています。

その後の歩みは、鈍川温泉旅館組合の紹介で追うことができました。明治4年に旧今治藩が温泉場を整備し、大正10年には村の有志が温泉組合を設立。大正14年に組合経営の鈍川温泉が発足します。戦後には新たな源泉の掘削が進み、平成元年には地下約300mから多量の湯が湧出。その後、日帰り温泉施設のせせらぎ交流館や「温泉スタンド 観音湯」が造られました。

温泉スタンドそのものは近代的な設備ですが、鈍川にはそれよりずっと前から、湯を汲んで自宅へ持ち帰っていた人たちの記録がありました。昔の習慣がそのまま現在まで続いているのかは分かりませんでした。それでも、渓谷から桶などで湯を持ち帰った昔の人と、温泉スタンドから容器に湯を入れて帰る現在の人を重ねてみると、どこか似た温泉との付き合い方にも見えてきます。形は変わっても、「鈍川の湯を家へ連れて帰る」という光景は、昔も今もあったのだと思うと面白くなりました。

鈍川温泉の名物いのぶた鍋は、林業の山里と温泉観光が育てた味?

湯上がりの楽しみが、鈍川名物のいのぶた鍋です。鈍川温泉旅館組合の紹介によると、雄のイノシシと雌のブタを掛け合わせたイノブタの肉を、野菜とともに味噌仕立ての鍋でいただきます。鈍川温泉郷 CREAの記事では、美賀登さんのいのぶた鍋は、すりたてのごまで味わうスタイルと紹介されていました。なぜこの山あいの温泉郷でイノブタが名物になったのか。土地の歴史と温泉観光が関係しているのかな、と調べてみました。

鈍川温泉旅館組合のページでは、この地域を林業の盛んな山里として紹介し、いのぶた鍋を冬の名物に挙げています。愛媛県史を見ても、玉川町は今治市へ薪や木炭を供給してきた林業地域で、鈍川周辺でも炭焼きが盛んだったことが分かります。また、日本歴史地名大系には、付近がかつて今治藩主の狩猟場だったという記録もありました。 ただし、鈍川でイノブタの飼育や料理がいつ始まったのか、その経緯を示す資料までは見つけられませんでした。

そこで他地域にも目を向けてみました。和歌山県では昭和45年に県畜産試験場でイノブタが誕生し、その後、すさみ町の特産として育てられています。山梨県三富地域では、昔からイノシシを食べる土地柄を背景に、戦後イノブタの飼育が奨励されました。群馬県上野村でも、昭和40年代から進められた地域振興のなかで、イノブタ生産が村を代表する産業の一つになっています。戦後の山村で、イノブタが地域の産業や名物づくりと結びついた例は、ほかにもあったようです。

鈍川でも1960年ごろから泉源開発が進み、戦後の温泉郷としての整備が進んでいきました。ただ、これといのぶた鍋の誕生を直接結びつける資料はみつかりませんでした。それでも、林業とともに歩んできた山里で、温泉客を迎える料理としていのぶた鍋が名物になったことには、この土地らしさを感じます。

冷たい鉱泉を温めた湯に浸かったあと、今度は熱々のいのぶた鍋を囲む。 そんな組み合わせまで含めて鈍川温泉なのかもしれません。次に泊まる機会があったら、宿の方に「いのぶた鍋って、いつ頃から鈍川名物なんですか?」と聞いてみたくなりました。

ゆめにゃん

渓谷のせせらぎを聞き、やわらかな湯に浸かり、いのぶた鍋を囲む。
次の休みは、鈍川温泉で「山里に受け継がれてきた湯の時間」を味わう旅に出かけませんか?

鈍川温泉の泉質を楽しむ

鈍川温泉では、アルカリ性の鉱泉が温泉郷の大きな特徴です。無色透明でにおいも穏やかとされ、成分の濃さとはまた違った、なめらかな湯ざわりに注目したい温泉です。

pH9.9のアルカリ性

鈍川せせらぎ交流館では、pH9.9の玉川鉱泉を利用しています。成分総量は比較的少ない一方、高いアルカリ性を示すのが特徴。分析書を眺めながら湯の個性を探る楽しみもあります。

冷鉱泉を温めて楽しむ湯

玉川鉱泉は源泉温度約20℃の冷鉱泉で、加温して浴用されています。自然に高温で湧く温泉とは異なる成り立ちを持ち、山あいの鉱泉ならではの湯使いにも注目したいところです。

渓谷に寄り添う鈍川温泉郷

鈍川温泉郷は、緑豊かな鈍川渓谷に寄り添うように宿や温浴施設が点在しています。清流のせせらぎを身近に感じながら湯を楽しめる、山里らしい静かな環境も魅力です。

山里で静かに楽しむ温泉

鈍川温泉は、高縄山地の山あいに宿や温浴施設が点在する小さな温泉郷です。にぎやかな温泉街とはひと味違い、川の音や山の景色とともに湯を楽しめる環境そのものが魅力です。

温泉マニアあるある! – 鈍川温泉考察編

ゆめにゃん

マニアの人はこうなっちゃう…かも!?

pH9.9を見た瞬間ニヤつく

せせらぎ交流館さんの分析書で「pH9.9」の文字を見つけると、入浴前から口元がゆるむマニア。友達が「9.9だと何がすごいの?」と聞けば、「まあ入ればわかるよ」と意味深な返事。湯に浸かって独特のぬるぬる感を確かめ、「ほらね」と満足そうにうなずきます。数字を浴感で答え合わせするのも楽しみのひとつです。

成分総計の少なさに二度見する

ぬるぬるした湯ざわりを楽しんだあと、分析書の成分総計「0.1854g/kg」を見て二度見。「こんなに少ないの!?」と、なぜか嬉しそうです。友達が「少ないなら残念なの?」と聞けば、「逆だよ。この薄さでこの浴感だから面白いんだよ!」と力説。成分は多ければいいわけではない、と急に分析書講座が始まります。

フッ化物8.8mgに食いつく

普通の人なら読み飛ばしそうな「フッ化物イオン8.8mg/kg」の数字に、マニアだけが反応します。「これ、温泉法上かなり重要なんだよ」と説明すると、友達は「へぇ……」。さらに「源泉20℃くらいなのに温泉なのはね……」と続けようとしたところで、「もう風呂入ろうよ」と強制終了。分析書の伏兵を見つけると話が長くなります。

無臭なのに硫黄を探し始める

湯に鼻を近づけても、強い硫黄の香りは感じません。それなのに分析書で硫化水素イオンを見つけたマニアは、「ちゃんといるんだよなぁ」と嬉しそう。さらに明治時代の「冷硫黄泉広告」まで持ち出し、「昔はどうだったんだろうね」と遠い目をします。匂わない硫黄から150年前へ飛べるのが温泉マニアです。

冷鉱泉と知ると源泉を探したがる

浴槽は心地よい温度なのに、分析書を見ると源泉は20℃ほど。「この湯、もともとは冷たいんだよ」と知った瞬間、マニアの興味は加温前の源泉へ向かいます。友達が「温かいほうがいいじゃん」と言っても、「いやいや、源泉そのままの浴感も確かめたいでしょ!」と反論。冷鉱泉を見ると、とりあえず原液を体験したくなります。

渓谷の岩まで観察し始める

鈍川渓谷の景色を眺めていたはずが、いつの間にかマニアは岩を凝視。「このあたり花崗岩類なんだよ」と言い出します。友達が「紅葉とか見ないの?」と聞いても、「見てるよ。岩も景色だから!」と即答。pH9.9の理由を考え始めた結果、温泉旅行なのに渓谷の岩石まで観察対象になってしまいます。

いのぶた鍋まで温泉史につなげる

湯上がりに名物のいのぶた鍋を前にしても、素直に食べればいいのにマニアは考えます。「林業の山里で、どうしてイノブタが名物になったんだろう?」。友達が「冷めるから早く食べよう」と促しても、「こういう食文化まで含めて温泉郷なんだよ!」と熱弁。分析書を閉じても考察が終わりません。

お殿さま案件でテンションが上がる

高pHのアルカリ性の湯をじっくり楽しみ、ご満悦のマニア。「鈍川温泉はさ、今治藩の湯治場として利用されていた歴史もあるんだよ」と得意げに語ります。友達が「へぇ……」と返すと、「しかも周辺には、藩主の狩猟場や薬草園もあったと言われてるんだよ」と追撃。温泉にお殿さまが絡むと急にテンションが上がるため、まわりからは”湯めぐりお殿さま”とあだ名されてしまうのです。

管理人

管理人いじりですね…
そう呼ばれるのも悪くない!

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この記事を書いた人

温泉巡り歴15年。
トロトロのお湯と硫黄の香りが大好物。
なのに他の泉質にもすぐハマってしまう。
休日は山奥の秘湯へ直行。
そして、猫が好き。

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