石手川の渓谷に囲まれた露天風呂で、ほのかな硫黄の香りと、なめらかな湯ざわりを楽しんだ奥道後温泉。
湯口や温泉分析書を眺めているうちに、「このお湯は、なぜこのような個性になるのか」と興味が湧いてきました。
調べてみると、泉質や源泉だけでなく、湯山七湯の歴史や石手川、さらに地下の岩へと話がつながっていきます。
ここでは、実際に温泉を訪れて気になったことを手がかりに、その理由を一つずつ探ってみます。
- 淡い硫黄の香りはなぜ?
硫黄泉なのに香りはほんのり。pH9.4との関係が気になりました。 - 「硫黄泉」になる境界線
分析書の硫黄成分を見て、泉質名が決まる基準に興味を持ちました。 - 38℃の源泉をどう届ける?
ぬるめの源泉が、どのように適温で浴槽へ届くのか注目しました。 - 昔あった「湯山七湯」とは?
源泉名や「湯」の付く地名から、この土地と温泉の歴史をたどりました。 - 渓谷の湯はどこから来る?
石手川沿いに湧く温泉。その地下にある岩や湯の通り道が気になりました。

奥道後温泉ってどんなところ? | 4コマ漫画で体験してみる
ゆめにゃん猫は入れないからフィクションにゃ…


奥道後温泉レビューと注目ポイント考察
硫黄泉なのに香りは控えめ?pH9.4に隠れた硫化水素の行方
壱湯の守さんで「翠明の湯」の湯口に顔を近づけると、たしかに硫黄の香りがしました。ただ、山の硫黄泉で感じるような、いわゆる「ゆで卵」のような強い匂いではなく、あくまで「ほのか」な香りです。分析書には硫化水素イオン2.3mg/kgとあるのに、なぜこんなに穏やかなのか気になりました。
調べてみると、手がかりの一つはpHにありそうです。大分県産業科学技術センターの「温泉成分インフォグラフィック」では、温泉の匂いや揮発に関わる成分として「遊離硫化水素」が取り上げられています。水中の硫黄成分は、硫化水素(H₂S)と硫化水素イオン(HS⁻)などの形で存在し、その割合はpHによって変化します。国土交通省の資料でも、酸性側ではH₂S、アルカリ性側ではHS⁻の割合が大きくなることが示されています。
奥道後温泉はpH9.4。硫化水素の酸解離の関係から考えると、このpHではH₂Sとして存在する割合はかなり小さく、多くがHS⁻側に寄ると考えられます。つまり、「硫黄成分がある=必ず強い硫化水素臭がする」というわけではなさそうです。
私が確認した分析書では、溶存ガス成分に遊離硫化水素の記載はなく、硫黄成分として硫化水素イオンとチオ硫酸イオンが記載されていました。環境省の「鉱泉分析法指針」では、遊離硫化水素が主となるものを「硫化水素型」と区別しており、そうでないものは旧分類の「硫黄泉」に当たります。
ちなみに環境省の調査では、総硫黄2mg/kg以上の温泉1,187源泉のうち、硫化水素型は417、硫化水素型ではないものは770でした。硫黄泉だからといって、硫化水素型ばかりというわけではないようです。
そう考えると、翠明の湯で感じた淡い硫黄の香りには、pH9.4というアルカリ性も関係しているのかもしれません。硫黄成分を含みながら、湯口でそっと感じる程度の香り。それも奥道後温泉らしい個性の一つに思えてきました。
総硫黄は約2.5mg。「単純硫黄温泉」を名乗れる境界線を計算してみた
分析書で次に目が止まったのは、硫黄の量そのものです。硫化水素イオン2.3mg/kg、チオ硫酸イオン0.5mg/kg。これを見ながら、「硫黄泉という名が付く基準ってどうなってるんだっけ?」と思いました。単純に足せば2.8mgなので、その基準を少し超えているのだろうと予想しました。
ところが、環境省の「鉱泉分析法指針」を確認すると、療養泉として硫黄泉に分類される基準は「総硫黄」が1kgあたり2mg以上。しかも総硫黄は、硫化水素イオンやチオ硫酸イオンの量をそのまま足すのではなく、それぞれに含まれる硫黄の量へ換算して合計します。
私が確認した分析書の数値を換算すると、硫化水素イオン2.3mg/kgは硫黄として約2.2mg、チオ硫酸イオン0.5mg/kgは約0.3mg。合計すると総硫黄はおよそ2.5mg/kgとなり、基準の2mgを約0.5mg上回っていました。さらにこの源泉は、泉温25℃以上、溶存物質1,000mg/kg未満という条件も満たしているため、「単純硫黄温泉」に分類されていることが分かります。
さらに、環境省の「温泉利用施設における硫化水素中毒事故防止のためのガイドライン」では、総硫黄2mg/kg以上の硫黄泉を公共の浴用に供する場合について、安全確保のための設備構造や管理上の基準が示されています。泉質を分ける「2mg」という数字は、施設で温泉を扱う際の安全面にも関わる境界だったのです。
「基準を少し超えている」という予想は当たっていましたが、硫黄の量に換算してみると思っていた以上に境界線に近いことが分かりました。分析書の数字ではわずか約0.5mgの差。その小さな差が「硫黄温泉」という名前につながっていると思うと、湯口で感じた淡い硫黄の香りまで、少し印象深く感じられました。
pH9.4のつるり感はどこから?カルシウム2.8mgにも注目
翠明の湯に肩まで浸かって腕をなでると、指がつるりと滑りました。上がったあともしばらく肌の表面がなめらかに感じられます。pH9.4というアルカリ性の高さが関係しているのだろうとは思いましたが、それだけなのか、ほかの成分にも手がかりがあるのか気になりました。
まずpHから確認しました。環境省の「鉱泉分析法指針」では、湧出時のpH8.5以上を「アルカリ性」と分類しています。奥道後温泉のpH9.4は、はっきりアルカリ性の範囲です。
さらに、大分県産業科学技術センターの「温泉成分インフォグラフィック」では、pHを「つるつるした肌触り」に関係する項目として5段階に分けています。pH9.4はその中でも高い側に入り、私が感じた「つるり」とした感触と方向性は合っていそうです。
もう一つ目を引いたのが、カルシウムイオン2.8mg/kg、マグネシウムイオン0.1mg/kg未満という数字です。水の「硬度」は主にカルシウムとマグネシウムの量から求められるため、この二つがかなり少ないこと自体は特徴の一つといえます。水道水で使われる硬度の計算方法に照らしても、かなり低い硬度に相当する組成です。
最初は「アルカリ性だからカルシウムが残りにくいのでは」とも想像しました。ただ、この分析書だけからカルシウムが少ない理由までは特定できませんでした。また、カルシウムやマグネシウムが少ないことを、そのまま肌触りの原因と結びつけられるかもわかりませんでした。
それでも、pH9.4という高さと、カルシウムやマグネシウムの少ない成分構成を並べてみると、奥道後のお湯がかなり特徴的なのは分かります。あの「つるり」とした感触を一つの数字だけで説明するのではなく、いくつもの条件が重なって生まれた湯ざわりなのかもしれない。今のところ、私はそんなふうに考えています。
フッ化物イオン15.6mgは多い?全国データで見えたアルカリ泉との相性
分析書の陰イオン欄で、塩化物イオンと炭酸水素イオンの次に大きかったのがフッ化物イオン15.6mg/kgでした。ほかの温泉の分析書ではあまり目に留まった記憶がなく、「これは多いのでは?」と気になりました。
カルシウムとフッ化物は条件によって、水に溶けにくいフッ化カルシウムをつくります。③で見たように奥道後はカルシウムイオンが2.8mg/kgと少ないため、「カルシウムが少ないことも、フッ化物イオンが水中に残ることと関係しているのでは?」と想像しました。
そこで環境省の「温泉源泉調査結果(中間取りまとめ)」を見てみると、平成20年度末の源泉を対象とした調査で、回答のあった16,350本のうち、ふっ素濃度が8mg/Lを超える源泉は590本、全体の3.6%でした。地域別では中国・四国が8.8%と最も高い割合です。
さらに590本を分類すると、アルカリ性の源泉が354本、低張性の源泉が550本でした。両者は別々の集計なので「アルカリ性かつ低張性が大半」とまでは言えませんが、ふっ素濃度の高い源泉にはアルカリ性が多く、低張性も非常に多いことが分かります。
なお、奥道後の分析書はmg/kg、全国調査はmg/Lと単位が異なるため厳密な比較ではありません。それでも15.6mg/kgという数字が、私が思っていたより目立つ値なのは確かなようです。また環境省が示す温泉の定義では、フッ化物イオンは1kg中2mg以上が温泉法上の成分基準の一つ。15.6mg/kgは、その基準を大きく上回っています。
全国データを見ても、「カルシウムが少ないからフッ化物が残った」という私の想像を直接証明するところまではいきませんでした。ただ、奥道後と同じアルカリ性の源泉に高濃度の例が多いことは興味深いところです。pH9.4、カルシウム2.8mg/kg、フッ化物イオン15.6mg/kg。分析書の数字を並べて眺めていると、それぞれが無関係ではないのかもしれない。そんな想像まで広がりました。
ラドン4.5マッヘなのに「弱放射能」?新旧表記から気になった湯の変化
平成11年の分析書には、ラドン含有量4.5マッヘ単位と書かれていました。ラドンは岩石などに含まれるラジウムの放射壊変によって生じる気体で、一定量以上含まれると温泉や療養泉の分類にも関わります。
ところが、現在の壱湯の守公式サイトを見ると、大露天風呂「翠明の湯」は「アルカリ性単純硫黄泉」とされている一方、貸切露天風呂「湯の瀬」は「含硫黄・弱放射能-アルカリ性単純温泉」と表記されています。同じ奥道後の温泉で、なぜ一方には「弱放射能」が付き、もう一方には付かないのか。源泉や分析時期の違いがあるのだろうかと気になりました。
そこで環境省の鉱泉分析法指針を確認すると、ラドンによって温泉法上の温泉に該当する基準は5.5マッヘ単位以上。療養泉として放射能泉に分類されるのは8.25マッヘ単位以上で、8.25以上50マッヘ単位未満が「弱放射能」とされます。平成11年の4.5マッヘは、どちらの基準にも届いていません。
さらに興味深いことに、同じ指針には特殊成分を複数含む療養泉の命名例として、まさに「含硫黄・弱放射能-アルカリ性単純温泉」が掲載されています。つまり、公式サイトの貸切露天風呂の表記自体は、現在の命名方法に沿った泉質名だと分かります。
では、ラドンの量は年月によって変わるのでしょうか。温泉分析におけるラドン測定の調査では、同じ源泉を再分析した際にラドン濃度が増減した例が報告されています。中には前回の21.8から50.9×10⁻¹⁰Ci/kgへ増え、療養泉となった源泉もありました。一方、減少した例もあり、測定方法もIM泉効計から液体シンチレーションカウンタへ変更されています。同報告では、測定方法変更の影響は限定的で、経年変化がみられる源泉もあると考察されています。
ラドンは気化しやすく、実際に再分析で値が変化する例もあるようです。ただし、奥道後で平成11年の4.5マッヘから実際に増加したのかは、現在の泉質表記だけでは判断できません。分析時期によって数値が変わったのか、それとも貸切露天風呂には別の源泉や分析結果があり、私がその分析書を見落としたかのかもしれません。古い分析書と現在の公式表記を並べてみたことで、かえって謎が深まりました。次に訪れたときは、最新の分析書はもちろん、「含硫黄・弱放射能」の根拠になった分析書がどこかにないか、自分の目で確かめてみたいと思いました。
「湯山七湯」と湯ノ元源泉。中学生の郷土学習で見つけた奥道後の原点
奥道後へ向かうバス路線を眺めていると、「湯之元」「湯山発電所前」「湯山小学校前」「湯の山東」と、「湯」の字が付く停留所が続いていることに気づきました。伊予鉄バスの路線資料でも、これらの停留所を確認できます。この一帯はもともと温泉と縁の深い土地なのだろうか。分析書の源泉名が「第四ノ壱号」「第四ノ弐号」と番号付きなのも、ほかにも源泉があった名残ではないかと想像が膨らみました。
調べてみると、松山市が公開している湯山地区の資料に「湯山七湯」という言葉が出てきました。石手川沿いには湯の元、湧ヶ淵、末、水口、塚谷、柳、第一発電所の7つの源泉があり、この地域が「湯山七湯」と呼ばれていたと紹介されています。
さらに心をつかまれたのが、松山市の広報に掲載された湯山中学校の郷土学習「私たちのふるさと松山学 No.23」です。生徒さんたちが実際に地域を歩いて調べた記事で、「湯ノ元源泉」も取り上げられていました。
記事では、湯ノ元源泉についてアルカリ性の硫黄泉、源泉温度約38℃、毎分400Lという特徴が紹介されています。生徒さんたちは実際に源泉に触れ、肌触りや硫黄のにおいも確かめたそうです。また、掘削を続けた末に湯量豊富な源泉を掘り当てたという地域の歩みも紹介されていました。
私が翠明の湯で感じた香りや湯ざわりを、地元の中学生も源泉を前にして確かめていた。分析書で眺めていた数字と、この土地で受け継がれてきた温泉の記憶が、少しだけ一本の線でつながった気がしました。
ただし、「第四ノ壱号」「第四ノ弐号」という源泉番号と湯山七湯が直接つながっているのかまでは分かりません。それでも「湯」の付く地名をたどりながら、昔の七湯の痕跡を探して湯山を歩いてみたい。そんな新しい楽しみが一つ増えました。
ジャングル風呂から「翠明の湯」へ。名前に込められた石手川のカワセミ
翠明の湯の露天風呂は、岩や植栽に囲まれ、石手川の渓谷に溶け込むような造りです。一方、昔の奥道後について調べていると「ジャングル風呂」という名前が出てきます。昭和の大型温泉ホテルらしいこのお風呂が、どうやって現在の露天風呂へ生まれ変わったのか。「翠明」という名前にも、この土地ならではの由来があるのではないかと思いました。
2014年6月の公式プレスリリースによると、「ホテル奥道後」はジャングル風呂の改装を機に、2014年7月2日から「奥道後 壱湯の守」として再出発。同時に新しい大露天風呂「翠明の湯」がオープンしました。現在の公式サイトにも、ジャングル温泉から翠明の湯へリニューアルした経緯が残されています。
「翠」という文字には「みどり」と「カワセミの雌」という意味があり、石手川にカワセミが棲んでいることから、川の自然を表現する名前として「翠明の湯」と名付けられたそうです。また「壱湯の守」には、pH9.4のアルカリ性単純硫黄泉と毎分400Lの豊富な自家源泉を、大切に守っていくという思いが込められていました。
同じプレスリリースには、源泉名として「奥道後温泉第4-1号源泉/第4-2号源泉」、泉質は「アルカリ性単純硫黄温泉(低張性アルカリ性温泉)」と記されています。これは私が現地で確認した木彫りの分析書と同じ源泉名です。現在も愛媛県の公式観光サイトでは、石手川上流の緑豊かな環境にある温泉施設として紹介されています。
名前の由来を知ってから露天風呂の景色を思い返すと、今度は湯船の向こうの川面にカワセミを探したくなります。にぎやかなジャングル風呂から、石手川の自然を前面に出した「翠明の湯」へ。源泉の特徴を受け継ぎながら、温泉の見せ方や名前は時代に合わせて変わってきた。そんな奥道後の歩みが見えてきました。
道後温泉と比べてみた。「混ぜて整える湯」と「温めて届ける湯」
奥道後に浸かったあと、どうしても比べたくなるのが、車で10分ほどの道後温泉です。同じ松山市内にあり、どちらもアルカリ性のお湯。それなのに奥道後では硫黄の香りを感じ、道後温泉とは泉質名も違います。源泉の温度や、お湯を浴槽まで届ける仕組みにも違いがあるのではないかと思いました。
松山市が紹介する道後温泉の源泉と配湯の仕組みを見ると、道後温泉には約20℃から約55℃まで温度の異なる複数の源泉があり、汲み上げたお湯を4か所の分湯場へ集めています。そこでは温度の高い源泉と低い源泉を混ぜ合わせることで、加温も加水もせずに温度を調整し、本館や周辺施設へ配湯しています。泉質はアルカリ性単純温泉です。
一方、奥道後 壱湯の守さんの公式案内では、翠明の湯はpH9.4のアルカリ性単純硫黄泉。湧出量は毎分400Lで、源泉温度が約38℃のため、使用温度の42℃まで加温調整していると説明されています。つまり、道後とは温度を整える方法そのものが違っていました。
整理すると、道後は「温度の違う源泉を混ぜて整える湯」、奥道後は「ぬるめの源泉を温めて届ける湯」。同じ松山市内のアルカリ性温泉でありながら、道後はアルカリ性単純温泉、奥道後はアルカリ性単純硫黄泉で、香りにも違いがあります。
距離は近くても、源泉の個性も、お湯を適温にする方法も同じではありません。同じ日に入り比べれば、分析書の数字だけではなく、香りや湯ざわりまで含めて二つの温泉の違いを楽しむことができます。そう考えると、道後から奥道後へ足を延ばす湯めぐりが、ますます面白く思えてきました。
石手川の渓谷と花崗岩。松山の温泉はどんな岩から湧いてくるのか
翠明の湯の露天風呂から眺める石手川は、岩のあいだを縫うように流れる清流でした。この谷の地下で、38℃ほどのお湯はどんな岩を通ってきたのだろう。pH9.4というアルカリ性、少ないカルシウム、比較的多いフッ化物イオン、そして分析書に記されたラドン。数字を眺めているうちに、「もしかして花崗岩の割れ目を通ってきたお湯なのでは」と想像しました。
まず手がかりになったのが、愛媛大学の道後・東道後温泉を調べた研究論文です。道後温泉周辺には領家帯の花崗岩類が分布し、道後温泉はその亀裂から上昇していると考えられていること、東道後温泉についても、和泉層群の下にある花崗岩類の亀裂から温泉水が上昇していると考えられることが紹介されていました。
さらに古い資料をたどると、地質調査所が1914年にまとめた「愛媛県温泉郡道後温泉調査報文」に、思いがけず奥道後につながる記述がありました。湧ヶ淵付近は黒雲母花崗岩からなり、岩には多くの裂隙があり、鉱泉はその裂隙から湧出すると記されています。現在の源泉がまったく同じ経路を通っているとまでは言えませんが、「花崗岩の割れ目では?」という予想には、少なくとも地質的な背景がありそうです。
地震との関係も気になりました。愛媛大学の論文では、道後温泉が過去の南海地震で湧出を停止した記録に加え、奥道後温泉でも湧出量やガス組成と地震との関係を検討した研究が紹介されています。実際、1946年の南海地震で道後温泉の湧出が止まったことは、松山市の歴史年表にも残されています。
気になったラドンについても、環境省の「鉱泉分析法指針」では、放射能が期待される場合、泉質や既存の分析結果、近隣源泉の資料などをもとにラドンやラジウム塩の測定を追加するとしています。花崗岩だからラドンが多い、と単純には結びつけられませんが、分析書で見つけたラドンの数字まで地質の話と重なって見えてきました。
川そのものにも長い歴史があります。湯山中学校の郷土学習を紹介した「ふるさと松山学」を読むと、湯山地域の石手川には農業用水を引く堰が数多く築かれてきたことが分かります。
松山平野の田畑を潤してきた石手川。その上流では、花崗岩の割れ目から鉱泉が湧いていたという古い記録が残っている。露天風呂から何気なく眺めていた岩と川が、分析書の数字とつながった瞬間でした。次に翠明の湯へ行ったら――たぶん景色より先に分析書を見るのですが――そのあとくらいは、渓谷の岩も少し眺めてみようと思います。



湯に浸かり、川を眺め、その一滴がたどった道に思いを馳せる。
次の休みは、石手川の渓谷に湧く奥道後の物語を探しに出かけませんか?
- pH9.4の単純硫黄泉
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奥道後を代表する特徴のひとつが、pH9.4のアルカリ性単純硫黄泉。分析書には硫黄成分やフッ化物イオンなども記され、数字を追うほど、この湯ならではの個性が見えてきます。
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硫黄泉でありながら、香りは強烈というよりほのかに感じられるのも興味深いところ。分析書の成分とpHを照らし合わせると、その香りの背景まで調べてみたくなる温泉です。
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壱湯の守が案内する湧出量は毎分400L。豊富な自家源泉は、男女それぞれ7種類の浴槽を備えた大露天風呂を支える、奥道後の温泉を語るうえで見逃せない数字です。
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石手川沿いにはかつて7つの源泉があり、「湯山七湯」と呼ばれていました。現在の温泉だけでなく、源泉名や「湯」の付く地名をたどることで、この土地と湯の長い関わりも見えてきます。
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温泉マニアあるある! – 奥道後温泉考察編



マニアの人はこうなっちゃう…かも!?
- 硫黄の香りが淡いほど鼻を近づける
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湯口でほんのり硫黄を感じると、「おっ、いるな……」と急に鼻が敏感になります。強烈な硫黄臭ではないからこそ、湯気の中から香りを探して何度もクンクン。同行者に「犬みたいになってるぞ」と言われても、「この淡さがいいんだよ!」と嬉しそうです。
- pH9.4を見た瞬間に腕をなでる
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分析書で「pH9.4」の文字を見つけると、浴槽に入ってすぐ自分の腕をスリスリ。「なるほど……この湯ざわりか」と勝手に納得します。もちろん感触をpHだけで説明できるわけではありませんが、その数字を知っただけで観察項目が一つ増えてしまいます。
- 毎分400Lで急にドヤ顔になる
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「ここの自家源泉、毎分400Lなんだよ」と、なぜか自分が掘り当てたかのようなドヤ顔。同行者が「400Lって多いの?」と聞いた瞬間、「1分で2Lペットボトル200本だからね」と待ってましたとばかりに換算します。なお本人は1Lも汲んでいません。
- 露天風呂なのに景色より湯口を見る
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石手川の渓谷を望む大露天風呂に来たというのに、最初に探すのは絶景ではなく湯口。「あそこから入って……こっちへ流れて……」と浴槽内の湯の動きを追い始めます。カワセミが飛んでいても気づかない可能性がありますが、オーバーフローは見逃しません。
- 38℃と42℃だけでしばらく遊べる
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源泉約38℃、使用温度42℃と知れば、「なるほど、ここで加温してるのか」と分析開始。さらに道後温泉が異なる温度の源泉を混ぜて調整していると知ると、「混ぜる道後、温める奥道後か……」と一人で名コピーまで作り始めます。
- 「第四ノ壱号」で第一を探し始める
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分析書に「第四ノ壱号源泉」「第四ノ弐号源泉」と書かれていると、普通なら読み流すところでマニアの手が止まります。「待てよ……第四があるなら第一から第三はどこだ?」。温泉に入りに来ただけなのに、気づけば昔の源泉まで探し始めるのです。
- 「湯山七湯」で宝探しが始まる
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昔、この一帯に「湯山七湯」と呼ばれる七つの源泉があったと知れば、もう止まりません。「湯之元……湧ヶ淵……まだあるぞ」と地名や資料を追いかけます。現存するかどうかより、かつてそこに湯が湧いていたという事実だけでロマンを感じてしまいます。
- 道後が近いのに奥道後へ吸い込まれる
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せっかく松山まで来たのだからもちろん道後温泉も気になります。しかし「pH9.4」「単純硫黄泉」「毎分400L」という文字が並ぶと、マニアの視線は奥へ奥へ。「道後もいいんだけど……こっちに硫黄泉があるんだよ」と、石手川上流へ吸い込まれていきます。
- 帰宅してから花崗岩にたどり着く
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現地では岩などほとんど見ていなかったのに、帰宅して分析書を眺めているうちに地質が気になり始めます。そして古い資料から「黒雲母花崗岩」「裂隙から鉱泉」なんて言葉を発見すると、「やっぱり地質まで見ないとな……」と反省。なお次回も最初に見るのは分析書です。
- 見逃した泉質を再訪の口実にする
-
帰宅後に奥道後温泉の復習をするマニア。「マジか……“弱放射能”って書かれたお湯もあったのか……」と、事前調査の甘さを反省します。ところが落ち込むどころか、「じゃあ、また行かなきゃな!」とさっそく次の計画を立てる姿を見て、まわりからは”ラドンソムリエ”とあだ名されてしまうのです。



管理人いじりですね…
そう呼ばれるのも悪くない!









