渋温泉をもっと深掘り!源泉・湯花から見えない湯の道を探る(長野県山ノ内町)

湯め活びより渋温泉考察編のアイキャッチ画像

石畳の温泉街に九つの外湯が点在し、それぞれに異なる表情のお湯が待つ渋温泉。
高温の源泉、白や黒の湯花、茶色く色づく湯、そして横湯川沿いに連なる温泉地の風景。
ひとつひとつを眺めているうちに、「こんなに近い場所で、なぜお湯の個性が違うのだろう」と興味が湧いてきました。
そこで今回は、分析値や地質資料を手がかりに、石畳の下に広がる「見えない湯の世界」を少しだけ覗いてみます。

渋温泉で興味深かったこと
  • 狭い温泉街で異なる湯の個性
    すぐ近くの外湯でも、湯色や温度などに違いがあることが気になりました。
  • 横湯川沿いに続く温泉と地質
    川沿いに温泉が連なる風景から、地下の地質との関係に興味を持ちました。
  • 白と黒に分かれる湯花の不思議
    同じ温泉街で白い湯花と黒い湯花が見られる理由を調べたくなりました。
  • 高温源泉が浴槽へ届くまで
    高温で湧いた源泉が、浴槽へ届くまでにどう変化するのか注目しました。
  • 石畳の下にある見えない湯の道
    「地面を掘れば湯が出る」といわれる地下に、どんな世界が広がるのか興味を持ちました。
目次

渋温泉ってどんなところ? | 4コマ漫画で体験してみる

ゆめにゃん

猫は入れないからフィクションにゃ…

渋温泉の魅力を詰め込んだ4コマ漫画。石畳の温泉街や高温源泉、九湯めぐりを紹介。

渋温泉レビューと注目ポイント考察

この記事は、筆者が実際に温泉を訪れた際に感じた「なぜ?」をきっかけに、温泉分析書や公開資料などを調べ、自分なりに考察した内容です。資料から確認できる事実と筆者個人の考察を分けて記載するよう努めていますが、専門家による学術的な見解や結論を示すものではありません。直接的な裏付けを確認できていない仮説や想像については、その旨を明記しています。一人の温泉好きが、分析書や資料を眺めながら考えた「温泉の自由研究」としてお楽しみください。

九つの外湯を歩いて気づいた、狭い街で湯が違う理由

渋温泉で九つの外湯を巡っていると、まず面白いのが、歩いて数分ほどの範囲なのに湯の印象が少しずつ違うことでした。「これだけ狭い場所なら、地下では同じ温泉がつながっているのでは?」と思う一方、分析書や掲示を見ると泉質や液性にも違いがあります。私は最初、地下に細かな割れ目が網の目のように走り、それぞれ違う道を通って上がってくるからではないかと想像しました。

実際に渋温泉公式「各外湯紹介」を見比べると、一~三番湯は弱酸性、四・五番湯は弱アルカリ性、六~九番湯は中性と案内され、泉温にも違いがあります。また、1951年の調査をまとめた地質調査所「長野縣(下高井郡)平穏温泉調査報告」では、この地域の温泉分布には大きな地質構造だけでなく、それに伴う大小の裂け目や断層が関わると考察されています。さらに当時の温度とCl⁻の分布から、性質の異なる供給源の存在も推定されていました。

私が思い描いた「数軒ごとに地下水の混ざり方が変わる」という単純な模型までは確認できませんでした。それでも、渋の地下を一本の太い温泉管として考えるより、いくつもの経路や源泉が重なった場所として眺めたほうが、九湯の違いにはしっくりきます。同じ温泉街を歩いているのに、湯ごとに表情が変わる。その理由を考え始めると、石畳の下まで気になってきました。

横湯川沿いに温泉が並ぶのは、川が掘ったから?

渋温泉を歩くと、すぐそばを横湯川が流れています。さらに上流には地獄谷温泉もあります。「これだけ川沿いに温泉が続くなら、横湯川が長い時間をかけて谷を掘り下げ、地下の温泉が出やすい場所まで削ったのでは?」。私は最初、川そのものが温泉の出口を作ったような景色を想像しました。

上流の地獄谷について地獄谷野猿公苑「地獄谷野猿公苑の自然」を読むと、現在の険しい谷は横湯川の侵食によって形づくられ、周辺には石英閃緑岩と、その形成や地殻変動に伴う割れ目が見られると説明されています。温泉もその岩盤から湧き、横湯川の河床には自然湧出する源泉があります。一方、古い地質調査では、湯田中―渋―地獄谷方面に並ぶ温泉について、地下の構造的な弱い部分や、それに付随する裂け目・断層との関係が指摘されていました。

ただし、「横湯川が削ったから温泉が出た」と因果関係まで一本につなぐことはできません。川が谷を刻む場所と、岩盤の弱い部分や温泉の通り道がどう重なってきたのかは、もっと詳しい地質構造を見る必要がありそうです。私の“横湯川天然掘削説”は少し単純すぎましたが、川と温泉を別々に見るより、「なぜ両方がここに並んでいるのか」と考えるほうが面白くなりました。

86.5℃を見て、地下から一直線の湯を想像した

四番湯「竹の湯」の案内で見つけた「源泉86.5℃」という数字には目を奪われました。ほとんど沸騰寸前です。「地下深くで熱せられた湯が、割れ目を猛スピードで駆け上がり、冷める暇もなく湧いているのかな」。私は最初、竹の湯の真下から高温泉がほぼ一直線に上昇してくるような姿を想像していました。

ところが渋温泉公式「各外湯紹介」を読むと、竹の湯は地獄谷からの引湯に成功した際に名付けられたとあります。つまり、「竹の湯の地下から86.5℃の湯が垂直に上がってくる」という私の想像は、入口から違っていました。さらに1951年の地質調査所の平穏温泉調査報告では、当時の地獄谷で93.5~97℃という高温泉が記録され、湯田中・渋より上流側に高温域があることが報告されています。年代も源泉も異なるため現在値とは直接比較できませんが、この地域に非常に高温の温泉活動があること自体は昔から確認されていました。

では、その熱が地下何kmから来るのか、どれほどの速度で上昇するのか。86.5℃という数字だけではそこまでは分かりません。最初は「高温=真下の深部から急上昇」と考えましたが、調べてみると、まず“どこから引いている湯なのか”を見る必要がありました。分析書の温度一つでも、地図と一緒に見ると話が変わってきました。

白い湯花と黒い湯花、色だけで正体は分かる?

九湯を巡っていて気になるのが湯花です。三番湯「綿の湯」では白い湯花、七番湯「七操の湯」では黒い湯花が見られると案内されています。同じ渋温泉なのに、白と黒。「白いほうは石膏やケイ酸質、黒いほうは鉄と硫黄が結びついた硫化物だったりするのでは?」。色を見ると、つい成分表と結びつけて正体を当てたくなりました。

まず確認できる事実は、渋温泉公式「各外湯紹介」に、綿の湯では「白い湯花」、七操の湯では「黒い湯花」が生じると明記されていることです。ただし、そこでは湯花そのものの鉱物組成までは示されていません。また、環境省「鉱泉分析法指針」で扱われる温泉水の化学分析は、採取した温泉水に含まれる成分を調べるものです。水の分析値から析出物の候補を考えることはできても、それだけで目の前の白や黒の固体を同定したことにはなりません。

色だけ見て「白=これ、黒=これ」と決めるのは、さすがに早かったようです。湯花の正体を本当に知るなら、湯花そのものを分析した資料が欲しくなります。とはいえ、ここで答えが出なかったからこそ、「分析書に載っている成分」と「浴槽で実際に見えるもの」は同じ話ではない、と気づけました。次に九湯を巡るときは、湯花を見る目まで変わりそうです。

大湯だけ茶褐色、その色は鉄の変化で説明できる?

九湯を巡る前から、大湯が「鉄分の多い茶色の温泉」と紹介されていることは知っていました。それでも実際に最後の大湯へ入ると、それまで巡ってきた外湯とは見た目の印象がかなり違います。鉄が含まれる温泉は茶褐色が多いですが、分析書の中では数字として並んでいる鉄が、どういう過程を経ると、浴槽ではあれほど分かりやすい色として現れるのかを改めて調べてみたいと思いました。

渋温泉公式「各外湯紹介」でも、大湯は「鉄分の多い茶色の温泉」と紹介されています。そこで鉄の変化について国土交通省「鉄(Fe)」の水質解説を読むと、水中に溶けている鉄(II)は無色ですが、酸素のある環境では酸化され、赤褐色の水酸化鉄(III)などの沈殿を生じることが説明されています。温泉水が地表へ出たあと、空気との接触によって見た目が変化する例も紹介されています。

もちろん、大湯で見える茶褐色の濁りや付着物を、資料だけからすべて一つの物質だと決めることはできません。それでも、「鉄分が多い」という分析上の特徴と、「茶褐色に見える」という現地の景色の間には、地表へ出たあとの化学変化という一段階があることが分かりました。数字として見ていた鉄が、浴槽では色として目に入ってくる。その変化まで考えると、大湯の茶色が以前より面白く見えてきました。

源泉86.5℃が使用位置50℃、途中で何が起きる?

竹の湯の案内を見て、もう一つ興味深かったのが「源泉86.5℃、使用位置50℃」という組み合わせです。36℃以上も下がっています。「地獄谷から長い距離を引いてくる間に、配管から少しずつ熱が逃げ、湯枡や浴槽でも自然に冷めているのかな」。私は最初、配管そのものが巨大な天然冷却装置になっている姿を想像しました。

渋温泉公式「各外湯紹介」には竹の湯の86.5℃と使用位置50℃が掲載され、地獄谷から引湯した湯であることも紹介されています。また渋温泉公式「渋温泉について」では、旅館と外湯は源泉から直接引湯し、基本的に加水・加温せず利用していると説明されています。一方で、外湯の利用案内には、熱すぎる場合に利用者が水で温度を調節し、終わったら水を止めるよう案内があります。

配管を通る間の放熱、流量、外気温、浴槽での放熱などは当然関係しそうですが、それぞれが何℃分を担っているかは確認できませんでした。それでも源泉温度と使用位置が並んでいることで、普段は見えない「源泉から浴槽までの旅」に目が向きます。次に気になるのは、温度より配管です。沼が深くなりました。

「地面を掘れば湯」を、本気で地質的に考えてみた

渋温泉の公式案内には、「地面を掘ればすぐお湯が出てしまうというくらい、源泉が数多く存在する」という印象的な一文があります。これを読んだ私は、「もしかして温泉街のすぐ地下まで、高温の温泉水が広がっているのかな」と想像しました。極端に言えば、石畳の下が巨大な温泉帯になっているイメージです。

もちろん、この表現は「というくらい」と書かれており、文字どおり街のどこを掘っても湯が出るという意味ではありません。それでも地域の地質を調べると面白い資料がありました。1951年の地質調査所「平穏温泉調査報告」では、温泉の浅い部分での分布には主要な破砕帯に伴う大小の裂け目や断層が関係すると考察されています。さらに隣接する湯田中では、地表から1.5mの深さを測った調査で、30℃を超える地温帯が幅約60m、長さ約120mの限られた範囲に確認されました。

ただし、これは1951年の湯田中の調査であり、そのまま現在の渋温泉地下へ当てはめることはできません。それでも「地下全体が均一に熱い」のではなく、熱や温泉が通りやすい場所が局所的に存在する、という見方は興味深いです。「掘れば湯」という一言から始めた妄想でしたが、最後には“どこを掘るかで全然違うのでは?”という逆の疑問にたどり着きました。

地獄谷・渋・湯田中は一本の温泉ルートなのか

地図を見ると、地獄谷から渋、さらに湯田中へと温泉地が続いています。横湯川を下っていけば次々と温泉に出会うため、「地下にも一本の巨大な温泉ルートがあり、上流の高温熱水が下流へ流れながら変化しているのかも」と考えたくなりました。私は頭の中で勝手に“地獄谷―渋―湯田中ライン”を引いていました。

現在の山ノ内町「温泉一覧」を見ると、地獄谷・上林・湯田中などはそれぞれ温度や泉質に幅を持つ温泉地として紹介されています。一方、1951年の地質調査所の調査報告では、湯田中から地獄谷を含む広い温泉帯について、温度やCl⁻の分布から複数の供給特性を考えつつ、さらに広域では共通する供給源を持つ熱水系として解釈するモデルも示されていました。ただし同じ報告の中でも、実際の湧出地点は主要構造だけでなく、そこから派生する小さな裂け目や断層に強く左右されるとしています。

どうやら「まったく別々」か「一本の地下配管」かの二択ではなさそうです。広い範囲では関係する熱水系を考えられても、地表へ出るまでには分岐や混合、個々の割れ目が関わる。私が地図に引いた一本線より、地下はずっと複雑でした。その複雑さを知ると、地獄谷から湯田中まで順々に温泉を追ってみたくなりました。

町じゅう源泉掛け流し、その裏には何がある?

渋温泉で九湯を巡っていると、「これだけ大量の湯を毎日流し続けて大丈夫なのか?」と不思議になりました。渋温泉公式「渋温泉について」には、すべての旅館と外湯が100%源泉掛け流しとあります。私は最初、「とにかく湧出量が多く、高温泉だから、自然の力だけで簡単に成立しているのだろう」と考えていました。

ところが調べるうちに、むしろ人の仕事が見えてきました。公式サイトでは、外湯の清掃や源泉の管理を地域住民が担ってきたことが紹介されています。さらに2025年の金具屋八代目主人へのインタビューでは、渋には約50の源泉があり、大規模な荒井河原源泉からの引湯管を、住民や宿、商店などが参加して春と秋に清掃している様子が紹介されています。源泉は分湯枡を経由し、宿や外湯、一般家庭へ分けられているそうです。

私は「大量の湯が勝手に流れている町」を想像していましたが、実際には湯を引く管があり、分ける設備があり、それを守る人がいました。源泉掛け流しを支えているのは湧出量や温度だけではなく、長く維持されてきた配湯の仕組みでもあります。浴槽からあふれる湯ばかり見ていましたが、その上流には、湯の町の暮らしとともに守られてきた仕組みがありました。

なぜ“九つ”なのか、先に信仰があったのだろうか

九湯めぐりをしていると、最後はどうしても「なぜ九つなのだろう?」が気になります。「九=苦だから、最初から九つの湯を用意し、全部巡ることで苦を洗い流す仕組みにしたのでは?」。さらに私は、九という数字に何か古い信仰や方位思想まで関係しているのではないかと想像しました。温泉に九つも番号が付いていれば、何か理由を探したくなります。

渋温泉公式「九湯めぐり」では、九つの外湯は地元の人が日常的に利用し、昔から大切に守ってきた共同浴場と説明されています。そして現在は九湯を巡り、最後に渋高薬師へ参詣することで「九(苦)労を流す」と伝えられています。また地元の湯本旅館による九湯の紹介では、「いつの頃からか」九つの外湯を巡る習いが定着したと説明されています。個々の外湯についても異なる開湯年代が伝えられており、九湯が一度に計画されたわけではなさそうでした。

少なくとも今回確認した資料からは、「九という信仰上の数字を先に決めて九浴場を造った」「九星気学によって九湯になった」というところまでは追えませんでした。むしろ、地域の暮らしの中で育ってきた共同浴場が九つあり、そこへ「九=苦」という巡浴の物語が重なっていった、と考えるほうが資料には沿いやすそうです。九湯めぐりは、温泉を九つ集めた企画ではなく、九つの生活の湯が、いつしか一つの巡礼になった。そう考えると、巡る順番まで少し違って見えてきました。

ゆめにゃん

湯を巡り、湯花を眺め、石畳の下に広がる世界へ思いを馳せる。
次の休みは、渋温泉で「見えない湯の道」を探す旅に出かけませんか?

源泉の多様性を楽しむ温泉街

狭い温泉街に数多くの源泉があり、泉質や温度、湯色などに違いが見られる渋温泉。九つの外湯を比べながら巡ることで、ひとつの温泉地に隠れたお湯の多様性へ興味が広がります。

高温源泉から始まる湯の旅

渋温泉には50℃を超える源泉が多く、四番湯「竹の湯」などでは86.5℃という源泉温度も確認できます。湧き出した高温の湯が浴槽へ届くまでを想像すると、温度そのものが深掘りの入口になります。

白と黒の湯花を見比べる

三番湯「綿の湯」では白い湯花、七番湯「七操の湯」では黒い湯花が案内されています。同じ温泉街で異なる色が現れるという事実から、源泉成分や析出の仕組みまで調べたくなる面白さがあります。

変質帯から地下を想像する

山ノ内温泉群周辺の地質資料には、熱水活動とも関わる「変質帯」が登場します。普段は見えない岩石の変化に目を向けると、温泉街の地下で水と岩石がどのように関わってきたのか、興味がさらに深まります。

源泉かけ流しを支える湯文化

渋温泉では、公式にすべての旅館と外湯が100%源泉かけ流しと案内されています。源泉そのものだけでなく、九つの共同浴場を住民が管理してきた歴史にも目を向けると、「湯を守り使う文化」まで見えてきます。

温泉マニアあるある! – 渋温泉考察編

ゆめにゃん

マニアの人はこうなっちゃう…かも!?

源泉温度と使用位置を見比べる

外湯の案内で「源泉86.5℃」「使用位置50℃」のような数字を見つけると、普通の人は「熱いね」で終了。しかしマニアは「待って、36.5℃はどこへ行った?」と急に計算を始めます。友達が「冷めたんじゃない?」と言っても、「その“冷めた”を調べたいんだよ!」と目を輝かせます。温泉に入る前から、すでに配管の中を旅しています。

白い湯花を見たら黒も探す

白い湯花が舞っているのを見つけて「きれいだね」と眺めていたはずが、マニアはすぐに「そういえば別の外湯には黒い湯花があるらしい」と次の浴場へ。友達が「白で満足しようよ」と言っても聞きません。「同じ温泉街で白と黒だぞ!?」と大興奮。いつの間にか湯めぐりではなく、色違い収集ゲームになっています。

茶色い大湯で鉄の行方を考える

九番湯「大湯」の茶色いお湯を見ると、マニアは湯船より先に湯口や析出物を観察。「鉄が関係してるとして……どの段階でこの色になるんだ?」と考え込みます。友達が「とりあえず入れば?」と促しても、「いま鉄が動いてるところだから」と謎の返答。もちろん鉄が本当に“動いて見える”わけではありません。

湯口から地下へ視線が移る

最初は湯口から流れるお湯を眺めていただけなのに、「この湯、どこから上がってきたんだろう」と考え始めます。やがて視線は床へ、さらに地面へ。友達が「何見てるの?」と聞くと、「この下」と真顔で回答します。浴場にいるのに、頭の中ではすでに岩盤の割れ目を通って地下へ潜っています。

「変質帯」という単語だけで興奮する

地質資料を読んでいて「変質帯」という単語を発見すると、意味をよく理解していない段階からテンションが上がります。「見て!変質帯だって!」と見せられた友達は当然「……だから何?」。そこで調べて熱水によって岩石が変化した場所だと知ると、「やっぱり温泉と関係あるじゃん!」とドヤ顔。旅行中に喜ぶ単語としてはだいぶおかしな領域へ到達しています。

破砕帯と変質帯を区別したくなる

少し前まで両方とも「なんか地質の難しいやつ」だったのに、一度調べると急に区別したくなります。「破砕帯は岩盤が砕かれた帯で、変質帯は熱水などで岩石が変化した場所だから……」と説明開始。友達が「温泉入りに来たんだよね?」と確認しても、「だから温泉の話だよ」と真顔。本人の中では完全につながっています。

源泉かけ流しから配湯網へ脱線する

「100%源泉かけ流し」という案内を見て喜んでいたはずなのに、考察を始めると「これだけの旅館と外湯へ、どうやって湯を配ってるんだ?」と別方向へ興味が飛びます。源泉、配管、湯量、温度管理、オーバーフロー……。友達が温泉まんじゅうを食べている横で、マニアだけ脳内インフラ見学会を開催しています。

山ノ内温泉群をひとまとめに考え始める

渋温泉を調べていたはずなのに、地質資料に湯田中、地獄谷、上林などの名前まで並んでいると、「待て、この辺まとめて考えた方が面白くない?」と範囲を拡大します。友達が「渋の記事だったよね?」と確認しても、「地下に住所はないから」と意味深な回答。気づけば一つの温泉街から山ノ内全域へ研究対象が広がっています。

分からないほど次回が楽しみになる

調べれば答えが出ると思っていたのに、「湯花の正体は分析しないと分からない」「地下の経路も断定できない」と謎が残ります。普通ならここで終了ですが、マニアは「じゃあ次に行ったとき確認することが増えたな」となぜか嬉しそう。友達が「解決してないじゃん」と笑っても、「だからまた行けるんだよ!」。分からないことまで旅の目的に変えてしまいます。

信玄の隠し湯から次の旅を企てる

「渋温泉は信玄の隠し湯とも言われてるんだよ」と話していたはずなのに、マニアは突然「……他の隠し湯も行ってみたいでしょ?」と次の湯めぐりを提案。友達が「いや、まだ渋にいるんだけど」と返しても、頭の中ではすでに次の目的地を選定中。まわりからは“湯めぐり風林火山”とあだ名されてしまうのです。

管理人

管理人いじりですね…
そう呼ばれるのも悪くない!

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この記事を書いた人

温泉巡り歴15年。
トロトロのお湯と硫黄の香りが大好物。
なのに他の泉質にもすぐハマってしまう。
休日は山奥の秘湯へ直行。
そして、猫が好き。

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