老神温泉を深掘りレビュー! 泉質と温泉分析書から湯の歴史をたどる(群馬県沼田市)

湯め活びより老神温泉考察編アイキャッチ画像

群馬県沼田市の老神温泉。谷あいに湧くお湯に浸かり、夜明け前の硫黄の香りに心を奪われました。
宿で出会った昭和11年の分析表には、長い年月をかけて湯を守り、受け継いできた人々の足跡が感じられます。
源泉の成分、温泉街の歴史、大蛇の伝説、そして朝市に息づく山里の暮らし。
何気なく見過ごしていた風景にも、きっと理由や物語があるのではないでしょうか。
この土地の湯をもっと深く知りたくなり、分析書や資料を手がかりに、自分なりにその背景をたどってみました。

老神温泉で興味深かったこと
  • 硫黄泉を混ぜると泉質は変わる?
    8号泉と10号泉の分析書を見比べると、混合泉の泉質が気になりました。
  • 夜明け前に強まった硫黄の香り
    同じ浴槽なのに、早朝だけ香りが際立ったのはなぜだろうと不思議に思いました。
  • 昭和11年の分析表に残る謎
    古い成分表に並ぶ数字や依頼者の名前から、温泉の歴史をたどりたくなりました。
  • 大蛇みこしに隠された神々の物語
    赤城と日光で、蛇とムカデの配役が入れ替わる伝説に興味を引かれました。
  • 朝市の品々に残る湯治場の面影
    早朝の市に並ぶ山里の食べ物から、昔の湯治客の暮らしを想像しました。
目次

老神温泉ってどんなところ? | 4コマ漫画で体験してみる

ゆめにゃん

猫は入れないからフィクションにゃ…

老神温泉の魅力を詰め込んだ4コマ漫画。ゆめにゃんが渓谷、源泉、朝市、吹割の滝を紹介。

老神温泉レビューと注目ポイント考察

この記事は、筆者が実際に温泉を訪れた際に感じた「なぜ?」をきっかけに、温泉分析書や公開資料などを調べ、自分なりに考察した内容です。資料から確認できる事実と筆者個人の考察を分けて記載するよう努めていますが、専門家による学術的な見解や結論を示すものではありません。直接的な裏付けを確認できていない仮説や想像については、その旨を明記しています。一人の温泉好きが、分析書や資料を眺めながら考えた「温泉の自由研究」としてお楽しみください。

硫黄泉を混ぜても単純温泉?8号泉と10号泉のブレンドを読み解く

吟松亭あわしまさんの脱衣所の掲示を見て、まず確認したのが泉質欄でした。8号泉は単純硫黄温泉で、混合泉の泉質は単純温泉。湯口でも硫黄の香りはかすかで、「硫黄泉が混ざっているはずなのに?」という疑問が、そのまま入浴中のテーマになりました。

私の予想は単純で、湯量の多い10号泉と合わせることで、硫黄分が基準を下回ったのではないかと考えました。

改めて泉質名の決まり方を環境省の鉱泉分析法指針(平成26年改訂)で確認しました。硫黄泉の基準は、総硫黄が温泉1kg中2mg以上。8号泉の分析書にある硫化水素イオン0.7mgと遊離硫化水素1.5mgを硫黄の重さに換算すると、合計約2.1mg。わずかに基準を超えていました。

一方、10号泉も同様に計算すると約1.5mg。実は10号泉にも硫黄分があり、知覚的試験には「硫化水素臭あり」と記されています。二つの源泉を湧出量(50.7L/分と256L/分)の比率で仮に混ぜたとすると、総硫黄は約1.6mg。2mgには届きません。実際の混合割合は不明ですが、予想とつながる数字でした。

ところが、混合泉の分析書では遊離硫化水素が0.1mg未満で、硫化水素イオンの数値も見当たりません。採水地は「中継槽」。源泉を送る過程で硫化水素が空気中へ抜けたり、酸素と反応したりしたのかもしれません。

実際の混合割合や総硫黄の変化までは読み取れませんが、源泉が混ざるだけでなく、運ばれる途中でも何かが起きているのだろうか。単純温泉という泉質名の裏側に、そんな二段階の物語を想像しました。

夜明け前にしっかり香った硫黄、その正体を浴室の空気から想像する

前日の午後と夜にはほんのりだった硫黄の香りが、翌朝4時半の浴室でははっきりと鼻に届きました。湯色も湯温も変わらないのに、香りだけが違う。この旅でいちばん印象に残った出来事です。

真っ先に浮かんだのは、夜のあいだの浴室の空気でした。入浴客が少なく、扉の開け閉めも少ない時間帯なら、お湯から抜け出した香りの成分が普段とは違う広がり方をするのではないか。そんな想像です。

調べてみると、温泉で感じる卵に似た硫黄の香りは、主に硫化水素によるものです。硫化水素は空気より重く、低い場所に滞留しやすい気体として知られています。環境省の公共の浴用に供する場合の温泉利用施設の設備構造等に関する基準でも、総硫黄2mg/kg以上の温泉を対象に、浴室の床面と同じ高さにも換気孔を設けることなどが定められています。気体の性質が、設備の基準にも反映されているわけです。

吟松亭あわしまさんの混合泉は硫黄泉には当たらず、分析書の遊離硫化水素もごくわずかです。それでも、夜間の人の出入りや浴室内の空気の流れによって、香りの感じ方が変わることはあるのでしょうか。実際の換気状況までは分かりませんが、明け方の浴室には、昼間とは違う空気の流れがあったのかもしれません。

もう一つ、自分の鼻の側の事情も考えました。匂いは嗅ぎ続けると慣れて、感じにくくなることがあります。嗅覚の順応に関する研究でも、匂いの感じ方が時間とともに変化することが報告されています。早朝は、浴室に入った瞬間に新鮮な感覚で香りを受け止めたのかもしれません。

浴室の空気が違ったのか、それとも自分の鼻が違ったのか。本当の理由は、次に訪れたときの楽しみとして残しておこうと思いました。

白・茶・黒、分析書の知覚的試験に並ぶ湯の花の色を比べる

内湯で手のひらにお湯をすくうと、細かな白いものが水流に乗って漂っていました。部屋へ戻る途中、分析書の「知覚的試験」の欄を見比べて、この浮遊物の色が源泉ごとに違うことに気づきました。8号泉は試験室で「茶色の沈殿物あり」、10号泉は現地で「僅かに黒色浮遊物あり」、そして混合泉は「僅かに白色の浮遊物あり」。同じ宿の廊下に、白・茶・黒がそろっていました。

色の違いは、鉄と硫黄の組み合わせで説明できるのではないかと考えました。8号泉の鉄(Ⅱ)イオンは1.71mg/kgと、10号泉の0.61mg/kgより多めです。鉄が酸化すれば茶色、硫黄と結びつけば黒、硫黄そのものなら白。そんな単純な図式です。

資料を探すと、平湯温泉のバイオマット(微生物がつくる膜)を調べた金沢大学の研究で、白色のものは硫黄を、茶色のものは水酸化鉄を濃集していると報告されていました。また、日本温泉協会の湯の華に関する解説でも、鉄の酸化による褐色の析出物や、硫化鉄による黒色の析出物が紹介されています。さらに、硫化水素が酸化することで生じる硫黄の微粒子は、温泉が白く濁る原因の一つとされています。

改めて混合泉の分析書を見ると、記されているのは白い浮遊物だけでした。8号泉と10号泉では観察場所も異なるため、混合によって茶色や黒色の粒子が消えたとは限りませんが、中継槽へ運ばれる間に硫化水素の一部が酸化され、白い硫黄の粒になった可能性はあるのかもしれないと思いました。もちろん、白い粒が別の成分であることも考えられます。

湯船で見た小さな白い粒が、分析書の一行とつながった瞬間。この旅の小さなハイライトになりました。

単純温泉の素顔は?ミリバル%で読む塩化物・硫酸塩の気配

「単純温泉」と聞くと、成分の少ないあっさりしたお湯を思い浮かべがちです。吟松亭あわしまさんのお湯もさらりとした湯ざわりでしたが、湯口の香りはまったくの無臭ではありません。名前の奥に、もう少し別の顔があるのではないか。そう思って、混合泉の分析書のミリバル%欄を読み込みました。

ミリバル%は、イオンの量を電荷に換算して、全体に占める割合を示した数字です。混合泉では、陽イオンのうちナトリウムが79.79%。陰イオンは塩化物イオンが44.67%、硫酸イオンが40.42%です。私は「塩化物と硫酸塩がほぼ半々の、ナトリウム主体のお湯なのかな」と想像しました。

泉質名の付け方を確認すると、大分県の温泉資料にあるように、泉温が25℃以上で、溶存物質が1kg中1,000mg未満の温泉は、基本的に単純温泉に分類されます。一方、「ナトリウム-塩化物泉」のような塩類泉には、溶存物質が1,000mg以上という基準があります。さらに環境省の鉱泉分析法指針では、20ミリバル%以上を占める成分を泉質名に並べるのが基本です。

混合泉の溶存物質は0.54g/kg、つまり540mg。もしこの組成のまま約2倍の濃さがあれば、「ナトリウム-塩化物・硫酸塩温泉」と呼ばれていたかもしれません。カルシウムは17.80%で、20%にわずかに届かない位置にいます。

硫酸塩を含むお湯の香りを「芒硝臭」や「石膏臭」と表現することがあります。実際、吟松亭あわしまさんの口コミには「石膏臭」、同じ混合泉を使う楽善荘さんの口コミには「焦げた芒硝臭」という感想もありました。香りの表現は人それぞれですが、分析書の数字と重ねて読むと、なんだか納得したくなります。

単純温泉の名札の下で、塩化物・硫酸塩泉の素顔が少しだけのぞいている。分析書を読んでから入り直すと、同じお湯がそんなふうに感じられました。

メタけい酸約60mg、さらりとした湯に地下100℃を想像する

湯の中で腕をなでると、ぬめりではなく、さらりとした感触が指先に残りました。分析書を読み返して目に留まったのが、非解離成分の欄に並ぶメタけい酸です。8号泉61.0mg、10号泉59.8mg、混合泉61.8mg。ほかの成分は源泉ごとに違うのに、この数字だけは60mg前後にそろっていました。

メタけい酸は、岩石に含まれるケイ酸成分が水に溶け込んだものです。その量は、地下でどれだけ熱い岩石と触れ合ってきたかを映すのではないか。二つの源泉の「出身地」が似ているから、数字も近いのだろうか。そんな想像が膨らみました。もっとも、混合泉の61.8mgは両源泉より少し高く、単純に混ぜただけでは説明できない数字です。採水や分析の条件による違いもあるのでしょうか。

まず環境省の鉱泉分析法指針を確認すると、メタけい酸は1kg中50mg以上で、温泉法上の「温泉」に該当する成分の一つです。混合泉は、25℃以上という温度に加えて、メタけい酸61.8mg、メタほう酸6.4mg(基準5mg)、フッ化物イオン7.1mg(基準2mg)でも条件を満たしていました。単純温泉でありながら、温泉法の物差しでは、いくつもの条件を同時に満たしています。

次に調べたのが、地熱の分野で使われる「シリカ温度計」です。水に溶けるケイ酸成分の量が温度によって変わることを利用し、地下の温度を推定する方法で、Fournier(1977)の論文でも紹介されています。メタけい酸を二酸化ケイ素に換算し、石英を前提とした式に当てはめると、8号泉は約99℃、10号泉は約98℃、混合泉も約99℃という結果になりました。

分析書メタけい酸SiO₂換算計算結果
8号泉61.0mg/kg約46.9mg/kg約98.9℃
10号泉59.8mg/kg約46.0mg/kg約98.0℃
混合泉61.8mg/kg約47.5mg/kg約99.5℃

湧出時には35.8℃の8号泉も、53.3℃の10号泉も、地下ではもっと熱い水だったのかもしれません。約100℃という数字は、石英との平衡などを仮定した計算上の目安ですが、さらりとした湯ざわりの奥に、地下の熱の記憶がそろって刻まれている。そう想像すると、湯船で過ごす時間がぐっと深くなりました。

昭和11年の分析表を現代のイオン表記に換算してみた

廊下の奥で出会った昭和11年6月29日付の分析表は、東京市衛生試験所のものでした。成分は「クロールナトリウム0.2316g」のように塩(えん)の名前で書かれていて、イオンごとに並ぶ今の分析書とはそのまま比べられません。90年前のお湯と今のお湯は、どれくらい似ているのか。換算すれば比べられるはずだと考えました。

そこで、塩として記された成分をイオンに分け直してみました。たとえば塩化ナトリウム231.6mgは、ナトリウム約91mgと塩化物イオン約140mgになります。同じように足し合わせると、ナトリウム約126mg、カルシウム約23mg、カリウム約3mg、メタけい酸57mg。平成28年の10号泉は、ナトリウム126mg、カルシウム26.8mg、カリウム3.55mg、メタけい酸59.8mgです。陽イオンの顔ぶれは、驚くほど近い数字でした。

一方、陰イオンは少し様子が違いました。換算した昭和11年の値は塩化物イオン約143mg、硫酸イオン約70mg。平成28年の10号泉は塩化物イオン105mg、硫酸イオン133mgで、硫酸イオンの比率が高めです。泉質の判定も、昭和11年は「単純硫化水素泉」。遊離硫化水素2.6mgは、硫黄の質量に換算すると約2.4mgとなり、現在の硫黄泉の基準に届く量です。「微ニ蛋白石濁ヲ呈シ」、つまりわずかにオパールのような濁りがあったとも書かれています。

泉質名の呼び方の移り変わりは、環境省の新旧泉質名対照表でたどれます。旧泉質名の「単純硫化水素泉」は、現在の「単純硫黄泉(硫化水素型)」に対応する呼び名です。

湧出地の番地を見ると、昭和11年は字湯ノ上587番内、平成28年の10号泉は589。源泉の場所も異なり、分析方法も時代とともに変わってきました。それでも、換算したナトリウムが約126mgとなり、平成28年の10号泉とほぼ同じ数字になったときは、思わずうれしくなりました。読みづらい古い分析表と格闘した末に、ようやく計算が合ったような気がしました。90年前の数字が、少しだけ身近になった瞬間でした。

昭和11年の依頼者は誰?分析書から見えた老神温泉株式会社の90年

昭和11年の分析表を眺めていて、もう一つ気になったのが依頼者の欄でした。「群馬縣利根郡東村大字老神五九五番地 老神温泉株式會社 代表者 桒原武都雄殿」。平成28年の分析書に目を移すと、依頼者は「沼田市利根町老神595 老神温泉株式会社 代表取締役 桑原律子」。同じ会社名、同じ姓、そして番地も同じ595です。

80年を隔てた分析書に、同じ会社の名前が残っている。そう考えると、木製の分析表が急に身近な記録に思えてきました。もう一つ気になったのは「東村」という地名です。今の住所は沼田市利根町なので、村の名前も変わってきたはずだと予想しました。

群馬県の市町村名変遷一覧表によると、利根郡東村は昭和31年に赤城根村と合併して利根村となり、平成17年に沼田市へ編入されています。分析表の住所は、利根村が生まれる20年前の地名ということでした。

さらに調べると、群馬大学の研究論文には、源泉を管理する老神温泉株式会社が大正8年(1919年)に設立されたとありました。また、和樂webの取材記事では、老神温泉観光協会の方が、かつて老神・大楊・穴原の3地区にまたがっていた温泉地が昭和10年に統合されたと語っています。分析表の日付は、その翌年の昭和11年6月でした。

統合したばかりの温泉地で、源泉の素性を改めて数字に残そうとしたのだろうか。すでに長年、源泉を管理してきた会社が、この時期に分析を依頼した背景にも興味が湧いてきました。

地名が変わり、温泉街の姿が変わっても、古い木製の分析表と新しい分析書には、同じ会社名と595番地が残っています。廊下の額の前で、90年近い時間が一本につながったような気がしました。

赤城の神は蛇かムカデか?大蛇みこしから日光側の伝説へ

朝市の会場を歩いていると、建物の中に納められた大蛇みこしが目に入りました。胴体のまわりを一周しながら、ふと疑問が浮かびました。老神では赤城山の神がヘビで、日光男体山の神がムカデ。けれど日光の戦場ヶ原の伝説では、たしか配役が逆だったはずです。

山を挟んで向かい合う土地どうしなら、それぞれ自分の側の神を「勝った側」に据えて語り継いだのではないか。お国自慢のように、伝説が二つに分かれたのではないかと想像しました。

調べてみると、東京福祉大学の紀要に掲載された論文では、赤城山と二荒山(男体山)の神戦伝説が取り上げられていました。日光側に伝わる話の一つでは、赤城山の神がムカデ、二荒山の神がヘビで、弓の名手・猿丸の加勢を得た二荒山の神が勝利します。一方、赤城山の神が勝ったとする伝説もあります。ニッポン旅マガジンの大蛇まつり紹介でも、赤城山の神が大百足として語られる場合と、老神のように大蛇として語られる場合があると説明されていました。

老神温泉観光協会の公式サイトによると、蛇神様を祀る老神温泉赤城神社は、かつて片品川の湯元にあり、洪水を経て昭和18年に今の場所へ遷されたそうです。大蛇まつりは例年5月第2週の金曜・土曜に開催され、ニッポン旅マガジンによれば、地元有志が手作りする大蛇みこしには全長25mのものもあります。

調べてみると、神々の配役も勝敗も、伝わる話によって違っていました。老神の物語では、湯で傷を癒やした赤城の神が、男体山の神を追い返します。勝ち負け以上に「傷を癒やした湯」に重心を置く語り方は、温泉地ならではのものかもしれません。あの大きなみこしには、土地の湯への誇りが込められているように感じました。

川底に眠る源泉と番号で呼ばれる今の源泉、薗原ダムが変えた湯の流れ

分析書の源泉名は「8号泉」「10号泉」と、番号で書かれていました。番号があるなら、順に整備されてきた歴史があるはずです。しかも湧出量の欄には「動力揚湯」、つまりポンプでくみ上げていると記されています。この番号や揚湯方式には、どんな経緯があるのだろうか。そこに温泉地の大きな転換点が隠れていそうだと感じました。

手がかりは、和樂webの取材記事にありました。老神温泉観光協会の方によると、かつての老神温泉は片品川沿いにあり、昭和40年代に薗原ダムの建設に伴って源泉を引き上げ、温泉街が今の斜面へ移ったそうです。その際、建設省(現在の国土交通省)が補償として10本の源泉を掘削し、それ以前の源泉8本は川底に沈んでいると語られています。国土交通省の薗原ダムの紹介によると、ダムは昭和34年に建設が始まり、昭和41年に竣工しました。

ここで、昭和11年の分析表を思い出しました。湧出地は「字湯ノ上587番内」。あの分析表の源泉も、今は川底に眠る古い源泉の一つだったのだろうか。8号泉や10号泉という番号も、ダム建設に伴って掘られた源泉と関係があるのではないか。そんな想像が膨らみました。

今の湯量については、るるぶ&more.の温泉地情報に毎分1,300リットルとあります。また、老神温泉観光協会の公式サイトでは、宿の数が最盛期の22軒から12軒に減った一方、源泉の数と湯量は変わらず、1軒あたりに配られる湯量が増えたと紹介されています。

川底に沈んだ昔の源泉と、ポンプでくみ上げられる番号付きの源泉。今、吟松亭あわしまさんで楽しめる8号泉と10号泉のブレンドにも、温泉地が姿を変えてきた歴史が重なっているのかもしれません。そう思うと、何気なく眺めていた分析書の源泉番号まで、少し違って見えてきました。

なぜ谷底に湯が湧いた?片品渓谷と吹割の滝の岩から考える

老神温泉の宿は、片品川が削った深い谷の斜面に並んでいます。先の項目で触れた和樂webの取材記事によれば、かつての温泉街は川沿いにあり、お風呂は川の中にあったそうです。湯はなぜ、谷の底に湧いていたのでしょうか。

私の予想はこうです。川が長い時間をかけて谷を深く刻めば、地下を流れる温泉水の出口になる場所が生まれるかもしれません。さらに岩盤に割れ目が多ければ、それが熱水の通り道になる。谷底の岩の割れ目から、湯がにじみ出てきたのではないか。

手がかりを求めて、温泉街から車で約10分の吹割の滝について調べました。沼田市の文化財解説によると、吹割渓には小沢凝灰岩や吹割溶結凝灰岩が分布し、片品川の浸食によって深いV字谷が形成されています。溶結凝灰岩は、高温の火砕流による堆積物が固まってできた岩です。さらに国土交通省の片品川流域の地質解説では、流域に広く分布する流紋岩の一部に熱水変質が見られることも紹介されていました。岩盤を削る川と、地下を流れる熱水。想像していた景色に、少し近づいた気がしました。

老神の源泉そのものが、どの地層のどんな割れ目を通って湧いているのかは、今回の資料から読み取れませんでした。シリカ温度計で計算した約100℃という目安も、地下のどの深さで経験した温度なのかまでは教えてくれません。

それでも、岩の割れ目を伝って上がってきた湯が谷底で人と出会い、川の中に湯船が生まれた。そう想像すると、今は川底に沈んだ昔の源泉の姿が、地形の話としても腑に落ちる気がします。次に訪れるときは、吹割の滝の岩肌の割れ目を、温泉の通り道という目で眺めてみたいと思いました。

朝6時の朝市で考えた、湯治場の暮らしと山里の保存食

朝6時、宿から歩いて朝市の会場へ向かいました。並んでいたのは、夏野菜や手作りのドレッシング、そして朝食用に買ったおはぎ。旅の途中なので生鮮品は見送りましたが、店先を眺めているうちに、この朝市はもともと長く滞在する人のための市だったのではないかと思えてきました。

考えたのは、湯治との関係です。何日も宿に泊まって湯に通う湯治客なら、日々の食材やおかずが必要になります。早朝に開かれ、野菜や漬物、味噌が並ぶ朝市は、そんな暮らしを支える場所として始まったのではないか。そんな想像をしました。

老神温泉観光協会の公式サイトによると、朝市は4月20日から11月20日まで、毎朝6時から7時30分に開かれています。地元の野菜や山菜、自家製の漬物や味噌が並ぶ、温泉街の風物詩です。さらに沼田市の温泉紹介では、きゃらぶきやふき味噌、漬物のほか、地元で受け継がれてきた味噌造りや、草餅・豆餅などの手作り品も紹介されていました。

朝市がいつ、どんな目的で始まったのかは、今回の資料から見つけられませんでした。それでも、きゃらぶきやふき味噌、漬物といった保存の工夫を感じる品々を見ていると、山里に受け継がれてきた食の知恵が浮かんできます。かつて長逗留した湯治客も、こうした土地の味を楽しんでいたのではないか。朝市の風景から、昔の温泉街の暮らしを想像してみました。

分析書を読み、湯を観察し、最後に朝市で土地の味を手に取る。部屋で食べたおはぎの素朴な甘さは、老神のお湯の記憶と一緒に、この旅の締めくくりになりました。

ゆめにゃん

湯の香りに心を寄せ、山里の歴史をたどり、朝市で土地のぬくもりに触れる。
次の休みは、老神温泉で「時を越えて受け継がれる湯の物語」を探す旅に出かけませんか?

多彩な泉質が魅力の老神温泉

老神温泉には単純温泉や単純硫黄温泉などの源泉があり、宿によってお湯の個性も異なります。無色透明で穏やかな印象の湯から、硫黄の香りが感じられる湯まで、源泉の成分や湯使いに目を向けることで、温泉地としての奥深さを楽しめます。

豊かな源泉が支える山里の温泉

片品川の谷あいに広がる老神温泉は、毎分約1,300リットルとも紹介される豊かな湯量が魅力です。複数の源泉が温泉街の宿々へ供給され、山里の湯浴み文化を支えてきました。源泉の歴史や配湯の仕組みを知ると、何気なく浸かるお湯にも新たな発見があります。

古い温泉分析書が伝える歴史

昭和11年の分析表と平成28年の分析書を見比べると、成分の表記方法や泉質名の違いが浮かび上がります。源泉の数字だけでなく、依頼者や所在地にも温泉地の歩みが刻まれており、湯を守り続けてきた歴史に思いを寄せられます。

源泉かけ流しと豊かな湯量

老神温泉は豊富な源泉に恵まれ、湯使いにこだわる宿が点在する温泉地です。吟松亭あわしまでは大浴場の源泉かけ流しを楽しめ、露天風呂はかけ流しと循環の併用。浴槽ごとの違いにも目を向けると、温泉の楽しみ方がさらに広がります。

湯治場の面影を残す山里の名湯

片品川の谷あいに広がる温泉街には、古くから湯とともに暮らしてきた土地の歴史が息づいています。源泉の移り変わりや昔の湯治文化を知ることで、何気ない湯けむりの風景にも新たな魅力を発見できる、静かな山里の温泉地です。

温泉マニアあるある! – 老神温泉考察編

ゆめにゃん

マニアの人はこうなっちゃう…かも!?

メタけい酸から地下の温度を妄想する

分析書に「メタけい酸約60mg」の文字を見つけると、マニアの頭の中では地下探検が始まります。「この数字から地下の温度を想像できるかも……」と計算に夢中。友達が「温泉って地上で入るものだよね?」と聞いても、「いや、地下の旅も楽しいんだよ!」と満面の笑み。もちろん本人は一歩も地下へ潜っていません。

白い湯の花から色の研究を始める

湯面に小さな白い浮遊物を見つけると、「おっ、湯の花かな?」と興味津々。さらに分析書に茶色の沈殿物や黒い浮遊物の記載を発見すると、「白・茶・黒……温泉なのに三色展開!?」と大喜び。友達が「色違いの商品じゃないんだから」と突っ込んでも、成分表を眺める目は真剣そのものです。

石膏臭と芒硝臭で鼻が忙しい

温泉の感想に「石膏臭」「焦げた芒硝臭」という言葉を見つけると、マニアは興味津々。「石膏ってどんな香りだっけ? 芒硝が焦げると……?」と想像を膨らませます。友達が「もう硫黄の香りで十分じゃない?」と言っても、「いや、香りの表現は無限大だ!」と熱弁。いつの間にか温泉より語彙力と格闘しています。

ミリバル%を見つけるとドヤ顔

分析書に並ぶナトリウムや塩化物、硫酸塩の数字を見つけると、マニアの目が輝きます。「ふふふ……ミリバル%を見ると、成分のバランスが分かるんだよ」とドヤ顔。友達が「ミリ……何?」と聞き返すと、「そこから説明すると長くなるけど、いい?」と嬉しそう。相手の返事を待たずに講義が始まりそうです。

川底に眠る昔の源泉を想像する

片品川の谷あいを眺めながら、かつて川底に源泉があったという話を思い出すマニア。「このあたりにも、昔は湯けむりが立っていたのかな……」と、すっかり時間旅行の気分です。友達が「何をそんなに見てるの?」と尋ねると、「今は見えない昔のお湯」と即答。見えないものまで楽しめるのが温泉好きの特技です。

朝市でも温泉の歴史を考えてしまう

早朝の老神温泉朝市で、野菜や手作りの品々を眺めるマニア。「昔の湯治客も、こういう山里の味を楽しんだのかな……」と想像が膨らみます。友達が「朝ごはん、何にする?」と聞くと、「湯治場の暮らしを考えるとだな……」と話し始めますが、最後はおはぎを発見して満面の笑み。考察より食欲が勝つ瞬間です。

戦前の分析書を解読しようとする

戦前の温泉分析書を見つけると、解読に夢中になるマニア。「ロゾール酸……クロールカリウム……クロールナトリウム……漢字も難しいな……」と、見慣れない表記に悪戦苦闘。それでも妙に楽しそうな姿を見たまわりから、”暗号解読士”とあだ名されてしまうのです。

管理人

管理人いじりですね…
そう呼ばれるのも悪くない!

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この記事を書いた人

温泉巡り歴15年。
トロトロのお湯と硫黄の香りが大好物。
なのに他の泉質にもすぐハマってしまう。
休日は山奥の秘湯へ直行。
そして、猫が好き。

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