「信玄の隠し湯」――調べ始めたきっかけは、ほんの小さな興味でした。
ところが山梨から地図を広げてみると、長野、静岡、神奈川などにも気になる伝承が次々と登場。
同じ名前で呼ばれていても、その由来やお湯の個性は一つではありません。
史実と伝承をたどりながら、一湯ずつその魅力を探す「湯めぐり風林火山」の始まりです。
- 「信玄の隠し湯」とは何なのか
武田信玄ゆかりと伝わる温泉について、史実と伝承を分けて紹介します。 - 「信玄の隠し湯」はどこにある?
山梨を中心に各地へ残る伝承をたどり、その広がりを見ていきます。 - 「信玄の隠し湯」はいくつある?
明確な定義が難しい理由と、今回の調査で見えてきたことを整理します。 - 「信玄の隠し湯」の魅力と楽しみ方
お湯・歴史・風景など、一湯ごとの違いを楽しむポイントを紹介します。 - 伝承を追う「湯めぐり風林火山」
各地の隠し湯を調べながら巡る、ゆめにゃんの新たな湯めぐり企画です。
ゆめにゃん出陣!湯めぐり風林火山!!
ゆめにゃん猫は入れないからフィクションにゃ…


温泉マニアあるある! – 信玄の隠し湯編



マニアの人はこうなっちゃう…かも!?
- 「信玄」の文字だけで反応する
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温泉地の案内板を何気なく眺めていても、「武田信玄」「信玄公」「武田氏ゆかり」の文字だけは異様な速さで発見します。友達が「よく見つけたね」と驚いても、「いや、向こうから呼んできた」と真顔。温泉を探しているのか信玄公を探しているのか、本人にも分からなくなってきます。
- 分析書より先に由来を読んでしまう
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普段なら浴場に着いた瞬間、温泉分析書へ一直線。それなのに「信玄の隠し湯」と聞いた途端、「信玄が湯治した」「武田軍が利用した」などの由来説明に足を止めます。そして分析書と伝承を交互に眺め、「歴史も湯も確認しないとな」と大忙し。読むものが一枚増えただけなのに滞在時間が延びます。
- 同じ隠し湯なのに泉質が違いすぎて喜ぶ
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アルカリ性の湯があれば、硫黄を感じる湯もあり、塩化物泉など個性的な湯も登場。「信玄の隠し湯なんだから似た湯なのでは?」と思いきや、当然ながら泉質はさまざま。マニアは分析書を見比べながら、「統一感ゼロ!そこがいい!」となぜか嬉しそうです。
- 湯口を見る目だけは戦国武将級に鋭い
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歴史ある温泉でも、マニアが浴場で気になるのはやっぱり湯使い。湯口を眺め、香りを確かめ、浴槽からのオーバーフローを目で追います。「信玄公もこの湯を……」とロマンに浸った直後、「おっ、こっちから結構あふれてる!」と現代の湯使いに夢中。時代移動が忙しい。
- 「本当に信玄公?」と急に慎重になる
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案内板に「信玄の隠し湯」と書かれていても、そのまま信じて終わらないのがマニア。「本人が入ったの?」「武田軍が使ったの?」「伝承はいつから?」と次々疑問が湧いてきます。温泉に入りに来ただけなのに、気づけば資料を探して歴史調査。疑っているのではありません。好きだから知りたいのです。
- 県境を越えた瞬間にドヤ顔する
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山梨で「信玄の隠し湯」を楽しんでいた友達に、「でも長野にもあるよ」とさりげなく一言。さらに「静岡にもあるし、神奈川にもある」と続けてドヤ顔。友達が「信玄ってそんなに温泉好きだったの?」と聞くと、「そこを調べるのが面白いんだよ」と急に研究者っぽくなります。
- 湯色より地図を見る時間が長くなる
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普通の湯めぐりなら、泉質や湯色、香りを比べて楽しむところ。「信玄の隠し湯」にハマると、なぜか帰宅後に地図を開きます。「ここにもあるのか」「この山の向こうにも?」と温泉マークを追い始め、いつしか県境を越えて大捜索。Googleマップが戦国時代の作戦図に見えてきます。
- 一湯入ると近くの隠し湯まで気になる
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念願の一湯を楽しんで満足……するはずが、「そういえば、この近くにも信玄の隠し湯があったような」と検索開始。泉質も雰囲気もまったく違うと分かれば、むしろ行きたくなります。一湯制覇するたび候補が増えるため、なぜか攻略率が上がりません。
- 「全部で何湯?」を調べて沼に落ちる
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ふと「信玄の隠し湯って全部で何か所あるんだろう?」と思ったのが運の尽き。調べるほど新しい温泉名や異なる伝承が現れ、「これは含める?」「こっちは武田氏ゆかり?」と収拾がつかなくなります。温泉を数えていたはずなのに、最後は「そもそも隠し湯とは?」という哲学に到達し、まわりからは”湯めぐり風林火山”とあだ名されてしまうのです。



管理人いじりですね…
そう呼ばれるのも悪くない!
“信玄の隠し湯” ― 魅力と楽しみ方
「信玄の隠し湯」と呼ばれる温泉は、泉質も景色も、そこに残る物語もさまざま。
伝承をたどり、お湯を比べ、地図を広げながら次の一湯を探す――そんな楽しみ方もできます。
ここでは史実と伝承を分けながら、「信玄の隠し湯」の魅力と楽しみ方を5つの視点から紹介します。
- 泉質の違いを比べる
「信玄の隠し湯」という共通の呼び名があっても、泉質は一つではありません。各地のお湯を比べてみると、同じテーマで巡りながら、まったく異なる温泉の個性に出会えます。 - 源泉温度にも注目する
源泉温度も温泉によってさまざまです。下部温泉のように温度の異なる源泉が紹介される場所もあります。温泉分析書を見比べながら、それぞれの源泉の違いを探すのも楽しみ方の一つです。 - 香りの違いを探す
香りも温泉の印象を左右する要素の一つ。ほのかに硫黄を思わせる源泉が紹介される場所もあれば、また違った印象のお湯もあります。浴室ごとの違いまで意識すると、湯めぐりがさらに面白くなります。 - 湯色と湯ざわりを見る
無色透明の湯もあれば、松代温泉のように黄金色が特徴として紹介される湯もあります。色や湯ざわりなどを意識しながら巡れば、「信玄の隠し湯」という括り以上に、一湯ごとの個性が見えてきます。 - 湯使いにも目を向ける
源泉掛け流しや加温・加水の有無など、温泉の使われ方も施設によって異なります。湯口やオーバーフローなどにも目を向けると、現在その源泉がどのように提供されているのかが見えてきます。
- 信玄本人の物語を探す
信玄本人が訪れたと紹介される温泉もあります。たとえば湯村温泉では、甲府市観光協会が『甲陽軍鑑』に湯治の記録が残ると紹介しています。まずは、その土地でどんな話が伝えられているのかを追ってみましょう。 - 武田軍との関わりを知る
信玄本人だけでなく、武田軍との関わりが語られる温泉もあります。渋温泉では川中島の戦いで傷ついた兵士を療養させた場所とされています。同じ「隠し湯」でも、物語の主人公は一人ではありません。 - 土地に残る物語を読む
温泉地の公式案内や現地の資料には、その土地ならではの伝承が紹介されていることがあります。お湯だけで終わらず、「なぜここに信玄の名前が残ったのだろう?」と背景まで探してみるのも楽しみです。 - 史実と伝承を分けて楽しむ
史料から確認できる内容と、土地で長く語り継がれてきた伝承は同じとは限りません。無理に一つの結論へまとめず、「史料ではここまで」「この土地ではこう伝わる」と分けて味わうのがおすすめです。 - 由来の違いを比べる
いくつもの隠し湯を追っていくと、「信玄の隠し湯」と呼ばれる背景にも違いが見えてきます。本人の湯治、武田軍との関係など、共通点と相違点を探すこと自体が伝承めぐりの面白さです。
- まずは本拠地・山梨から
山梨には湯村温泉や下部温泉など、「信玄の隠し湯」として広く紹介される温泉があります。湯村は「筆頭」、下部は「代表格」と紹介されることもあり、まず山梨だけでも巡りたい場所が増えていきます。 - 長野にも隠し湯が点在
山梨から地図を北へ広げると、長野県にも信玄の隠し湯が登場します。渋温泉や松代温泉など、それぞれ異なる伝承と温泉の個性があり、「県境を越えてもまだある!」という発見が待っています。 - 静岡方面にも伝承あり
さらに静岡へ目を向けると、山深い梅ケ島温泉も武田信玄の隠し湯と伝えられています。山梨とはまた違った土地の景色の中で同じ「信玄」の名前に出会えるのも、このテーマならではです。 - 神奈川にも隠し湯がある
丹沢山地に囲まれた中川温泉も、「武田信玄の隠し湯」として紹介されています。甲斐から地図を広げた先で再び信玄の名前を見つけたら――ここはもう、思わず「クルゥ!?」です。 - 地図を広げながら探してみる
山梨から長野、静岡、神奈川へ。公式情報を追っていくだけでも、複数の地域に「信玄の隠し湯」が現れます。県境にとらわれず、地図を広げながら次の一湯を探すこと自体が楽しみになっていきます。
- 山あいの温泉を訪ねる
梅ケ島温泉や中川温泉のように、山々や川など豊かな自然に囲まれた隠し湯もあります。お湯だけを見るのではなく、そこへ向かう道や周囲の景色まで含めて、一つの温泉旅として楽しめます。 - 温泉街を歩いてみる
石畳と古い街並みが残る渋温泉、レトロな雰囲気を楽しめる湯村温泉など、街の表情もさまざま。同じ「信玄の隠し湯」をテーマに歩くからこそ、温泉街ごとの違いも見えてきます。 - 湯治場の歴史に触れる
長い歴史の中で湯治場として親しまれてきた温泉もあります。現在の温泉街を楽しみながら、公式案内や現地資料を手がかりに、かつてどのように湯が親しまれてきたのかを知るのも一興です。 - 季節を変えて訪ねる
山や川に囲まれた温泉地では、新緑、深い緑、紅葉、雪景色など、季節によって周囲の印象も変わります。一度訪ねた隠し湯でも、違う季節なら新しい景色を探す楽しみが生まれます。 - 土地ごとの文化に触れる
温泉地を離れて少し歩けば、街並みや食、歴史、自然など、その土地ならではの文化にも出会えます。「信玄」という一つのテーマで各地を巡るからこそ、地域ごとの違いまで比較して楽しめます。
- 一湯巡ると次が見つかる
一つの「信玄の隠し湯」を調べると、今度は別の温泉が気になってきます。山梨だけかと思えば長野にも、静岡にも、神奈川にも。次々と候補が現れるところも、この湯めぐりの困った魅力です。 - 自分だけの攻略地図を作る
訪れた温泉と、これから訪ねたい温泉を地図に残していくのも楽しみ方の一つ。最初は離れていた点が少しずつつながっていけば、自分だけの「信玄の隠し湯マップ」が育っていきます。 - お湯の違いも集めたくなる
共通するのは「信玄」の名前でも、お湯の個性はさまざま。次はどんな泉質なのか、どんな湯色や香りなのか――伝承を入口にして、温泉そのものへの興味まで広がっていきます。 - 新しい伝承を発見する
「ここにも信玄の隠し湯があったの!?」という発見も楽しみの一つ。新しい候補を見つければ、また地図に一つ追加。巡っているはずなのに行きたい温泉が減らないという、不思議な現象が始まります。 - 全部制覇を目指してみる
紹介される場所や伝承の内容はさまざまで、「全部」を一つの数字に決めるのは簡単ではありません。それでも一湯ずつ調べ、訪ね、楽しんでいく。そんな終わりの見えない挑戦こそ、「湯めぐり風林火山」の醍醐味です。



調べるほど行きたい温泉が増えてきたにゃ!
伝承を追いながら、一湯ずつ巡っていくにゃ!
「信玄の隠し湯」はどこにある?全部でいくつ?
「信玄の隠し湯」を調べてみると、山梨県だけでなく、長野県や静岡県、神奈川県など各地にその名が現れます。では、全部でいくつあるのでしょうか。
実はここが、この企画で最初にぶつかった難問でした。「信玄本人が訪れた」「武田軍が利用した」など伝承の内容はさまざまで、どこまでを「信玄の隠し湯」とするのか、一律には整理しにくいのです。
そこで「湯めぐり風林火山」では、信頼できる資料を一湯ずつ確認しながら、信玄や武田氏との関わりが伝えられている温泉を探していきます。
下部温泉は、「武田信玄の隠し湯」として広く知られる温泉郷の一つ。信玄が川中島の戦いで負傷した際に湯治したという伝承も紹介されていますが、身延町の資料では「いつの頃からか信玄公の隠し湯と呼ばれるようになった」とされており、史実と伝承を分けて楽しみたいところです。
周辺には、戦国時代に操業し、武田氏との関係を示す文書も残る湯之奥金山があります。また、下部温泉には古くから利用されてきた30℃前後の低温源泉がある一方、高温の源泉も存在します。伝承、金山の歴史、個性ある源泉――それぞれをたどりながら巡ると、下部温泉の違った表情が見えてきます。


湯村温泉は、甲府市観光協会が「信玄の隠し湯の筆頭とも言われる」と紹介する温泉郷です。歴史学者・平山優氏による湯村温泉公式サイトの解説では、『甲陽軍鑑』に1548年の塩尻峠の戦いで負傷した信玄が、当時「志摩の湯」と呼ばれた湯村で十日ほど湯治したとの記述があるとされ、勝頼の湯治を示す史料も紹介されています。
さらに面白いのが、武田氏の本拠・躑躅ヶ崎館から近く、湯村温泉公式サイトでは「隠し湯というより表湯」という表現まで登場すること。現在の湯村温泉では複数の源泉・泉質が案内されており、一括りにせず分析書や湯使いを見比べる楽しみもあります。伝承だけでなく、史料に残る武田氏とのつながりをたどれる点が、湯村温泉ならではの魅力です。


中川温泉は、西丹沢の山あいに湧く「武田信玄の隠し湯」として知られる温泉です。神奈川県や山北町は、約400年前、武田信玄が北条氏康との合戦で負傷した将兵を入浴療養させたという伝説が残ることから、「信玄の隠し湯」と呼ばれていると紹介しています。史実として断定するのではなく、相模の地に残った武田氏ゆかりの伝承として味わいたいところです。
現在の中川温泉は、丹沢の山々と中川川に囲まれた自然豊かな環境も魅力。町立ぶなの湯ではpH10.1のアルカリ性単純温泉と案内されており、お湯そのものの個性にも注目です。甲斐から離れた神奈川で「信玄の隠し湯」に出会う――まさに地図を広げて伝承を追う楽しさを感じさせる一湯です。


塩山温泉は、武田信玄ゆかりの恵林寺にも近い、甲州市塩山の歴史ある温泉です。現在、塩山温泉は「信玄公の隠し湯」と紹介されることもあります。また、今回確認した公的資料では、14世紀末に向嶽寺を開山した抜隊得勝が発見したと伝わる古湯として、その歴史が紹介されています。
信玄本人の入湯や武田軍による利用については今回の調査では具体的な資料まで確認できませんでしたが、塩山温泉そのものが魅力あふれる古湯であることに変わりはありません。歴史もお湯もじっくり楽しみたい、ぜひ注目してほしい一湯です。


南アルプスの山々と早川の深い谷に抱かれた西山温泉・慶雲館には、戦国武将ゆかりの伝承が残されています。天文年間には武田信玄が湯を求めて訪れ、天正年間には武田二十四将の穴山梅雪も幾度か足を運び、銅鑼を奉納したと伝えられています。
さらに徳川家康も、日本統一のさなか二度にわたり入湯したとの伝承があります。慶雲2年(705年)に開湯したとされる古湯に、信玄・梅雪・家康という戦国の名将たちの物語が重なる西山温泉。山深い渓谷に今も湯が湧き続ける風景から、武将たちがこの地を訪れた時代へと思いを巡らせたくなります。







